エルピディオ・バルデスというキャラクターは、キューバアニメの中で最も人気があるうえに、「キューバらしさ」を真に象徴していると見なされている。
そのエルピディオ・バルデスが、実は日本で生まれたことを知る人、あるいは覚えている人はあまりいない。
エルピディオが幼い読者の前に初めて姿を現した場は、キューバのコミック誌。日本でストーリーが展開する“カシバシ”の冒険談のなかだった。“カシバシ”の冒険談というのは、当時作者のファン・パドロンが新聞に連載していた漫画で、“カシバシ”はそのなかで活躍する、親しみやすいサムライ浪人の名前である。
中央が“カシバシ”(コミック誌の表紙より)
1960年代末から70年代始めにかけて、日本映画はキューバ人の間で絶大な人気をおさめていた。最も多くの観客を惹きつけたのが「サムライ映画」である。
とりわけ、その戦いぶり(アクション)、特に見事な刀さばきが人々を魅了した。映画の輸入・配給・上映を担当していたICAIC(キューバ映画・芸術産業庁)は、芸術面での作戦も担っていた。彼らが求めていたのは、それまでの北米的映画ヒーロー「カーボーイ」に取って代わるスクリーン上の新しいヒーローだった。
当時キューバ人は、「サムライ」「ローニン」「ニンジャ」を通して日本の中世社会に大変親しみを感じていた(そして今も感じている)。
ファン・パドロンが“カシバシ”という親しみやすいキャラクターを作り出した背景には、そうした事実があった。“カシバシ”は、常に貧しい人たちや身分の低い人たちの側に立って、あらゆる類の悪者たちに対し、ユーモアを駆使して対決するのが特徴。
実際、この小柄なサムライの数々の冒険は、時に乱暴すぎる「チャンバラ」映画のパロディになっていた。例えば、“カシバシ”は、あまり剣さばきを披露することはなく、もっぱら機知を働かせることでユーモラスに敵をやっつけるという具合に。
こうして1970年、キューバ解放軍の“賢い将校”エルピディオ・バルデスは、“カシバシ”と同盟を結ぶべく日本を訪問することになる。キューバの独立を妨げる敵、スペイン軍とはるか遠い地から対決するために。
(サムライたちに、日本に来た経緯を話すエルピディオ)
“この時”について、研究家ヤミラ・クルス女史は次のように書いている。
“エルピディオ・バルデス誕生は、まさに『エルピディオ対ニンジャ達』と題する“カシバシ”のストーリー中の出来事だった。だが、キューバ人が初めてエルピディオと出会ったのは、1970年8月4日、『エルピディオ対ガン・マーケット』が出版された時のこと。
実はこの作品は、著者にとっては二冊めに当たるのだが、最初に命がふきこまれた『エルピディオ対ニンジャ達』よりも先に世に出てしまったのである。
“賢い将校”エルピディオ・バルデスの出現は、ユーモアのセンスがあって“クリオーリョ”のキャラクターが欲しいという関心に応えるものだった。
それは命名からも明らかで、“エルピディオ”という名が農民的であるのに対し、“バルデス”という姓は19世紀の小説『セシリア・バルデス』(シリロ・ビジャベルデ著)によって、“クリオーリョ性”を称えるシンボルとなっているからだ。”
コミックに初登場し、その後アニメになってからというもの、エルピディオは新しいキューバ映画のアニメキャラクターとして成功し有名になっただけでなく、子供にとっても大人にとってもキューバの真の愛国的シンボルとなった。
キューバの“マンビ”だったエルピディオ。彼の冒険は、はるか遠い異国、日本でサムライと共に始まったのである。
注:クリオーリョ
ここでは、クリオーリョとは両親がスペイン人で、キューバで生まれた者を指す。広義では、生粋のキューバ人という意味にもなる。