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心の歩み

ブログの説明を入力します。


先月の満月の頃あたりから、とにかく忙しく(眼にみえる忙しさではない)、今もなお継続中のような感じです






ブログを更新していない間に、心配してくださった方からメッセージをいただき、
“近況報告のブログを書こう”と思っての更新です*°







まず始めに、温かなお心をありがとうございます*°





大丈夫です^^

どこか具合が悪いわけでもなく、気持ちが落ち込んでいるわけでもなく、
とてもオモシロク心地よい時の中を ワクワクしながら過ごしているような日々を送っています*°






言葉にするのがとにかく難しいと言うか、この心内を『言葉』では表しきれず、感じるものをそのまんま伝えられる言葉が見つからないといった感じです






私がブログを書く時は、“書きたいな”のような、心が書きたいサインを出してくる時に書いているのですが、
そういう時は、頭にポンッて何か(映 像 ・言葉・etc…)が浮かんだりして、そこから連想ゲームのような感覚で記憶や心を言葉に変換しながら文になっていく?ような感じで






ここ最近は、その“ポンッ”が来ないから“書きたいな”が来ないではなく、
“ポンッ”がポンポン来すぎて(変換してる間に次々と出てくるような)言葉にしきれないから“書きたいな”が来ない、そんな感じです
(↑すでに言葉にしきれていない様子です 笑)







↓“ポンッ”を言葉で説明してみると(日常のポンッの一例)




父さん(旦那様)が遠方に用事があり、車で高速道を利用して送ってあげようとインターまで向かって走っている途中、ポンッて電車のイメージが来た
“ん?電車? っていうか もう車で向かってるし…”





何度か来る電車のイメージをスルーしインターの近くまで車を走らせると、今度は財布がポンッて頭に浮かぶ
“へ?財布?…………ん?私、財布忘れてないよね?”






『父さん、ちょっと私のバッグに財布入ってるか見て!






ガサゴソ…




「入ってないねぇ…」






父さんは財布を持ち歩く人ではなくノーマネー

我が家の車はETC装備なしだから高速道は現金払い








チ━━━ン、終~了~ (笑)








~イメージを繋げてみる~


“あんた財布忘れてるから高速乗っちゃマズイよー
んで今から家に戻って車で向かい直したらたら予定の時間に間に合わないよー
自宅に戻って父さんにお金持たせて電車で向かわせましょー”







先を見越しての電車のイメージ。。。





時間て、この世にしかないものだからだろうけど。。。







出来れば、財布のイメージを家出る時に“ポンッ”ってください (笑)







でも、父さん時間通り無事に到着出来ました、“すべてに ありがとう”です*゜









“ポンッ”って、こんな感じのものを“ポンッ”って言葉で例えています
(“言葉”で例えるってヤッパリ難しい…)








こんな感じのポンッがポンポン来て、忙しい感じの今日この頃です









言葉って不自由だなぁと、最近しみじみ思います







“感じる心そのまま”にピッタリの言葉って、なかなか見つからないのです







父さんと私は、言葉で会話するよりも“感じあう”方が“心のまま”を伝えられるように感じている今日この頃+°









そんな“今”を、毎瞬毎瞬全力で楽しんで生きています*°







したい事をして




したくない事はしない






寝たい時は、時が許す限りワクワクしながら全力で寝ています (笑)









ただただsimpleに生きる“今”







そのsimpleさが、“今の私”のstartでした*°










これからも引き続き、“書きたいな”が来た時に、ブログ更新させていただきます*°








ご訪問、ありがとうございます*°









ドキドキlove&peaceチョキ








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いつからだったか、週一ペースで会うようになっていた心友





彼女は過去記事でも書いた“もう一人の私”





勿論、全てがまったく同じなわけではないけれど、
ここまで自分と似た心の人って居るものなのかな…って、
今でもお互いに不思議がっている





自分の心内の細かな部分までは、言葉で説明しきれるものではないから、
基本 私は誰にも詳細までは話そうとはしない







“私”という人の見方は人それぞれで、10人居たら皆 違う(違って当然で、それぞれの見方は それぞれその方の正解だと思っている)と感じている






私の心内を、話さなくても何となく分かってる気がするなって感じる人も居るけれど、
そんな中でも彼女に関しては、なぜそこまで理解しちゃえるのだろう?と、本当に不思議に思えて仕方ない






生い立ちや様々な経験による心の歩みが似ているから、共感しやすいっていうだけなのかもしれないけど、
それにしても、ここまでソックリだと 不思議だなぁって







彼女と私の心の歩みは、出逢って頻繁に会うようになってから、互いに急加速し出した







多分、どちらも無意識で“自分”を解放し始め、互いに互いを見て 今まで以上に“自分を信じる”事に目を向け始めたからだろう






彼女と居ると自分のありのままが心地よくなるばかりで、そこには“こうなりたい”というカタチはなく、
ただ自分らしく居れば居るだけ互いに心地よさが増す一方だった





それらも自然とそうなっていた事に、後になって気づいた






気づいたら
互いにありのままの自分を認め
ありのままの自分を見せあい、見せあっては笑い
互いに感謝しあい、すべてに感謝しあい
泣きながら喜びあったり、ふざけて笑わせあったり
互いに互いの笑顔をみて幸せだと感じあっていた









彼女がいつも もう一人の自分である私に語りかける






『私は私でィィんだよね』







彼女がそう語り続ける限り、私は もう一人の自分である彼女に永遠に語り続ける






『自分は自分でィィ』






たとえ今世の終わりの時が訪れても、彼女が語り続ける限り 私は永遠に語り続ける





『いつだって、自分は自分であればィィ*°』








この世で生きているかぎり、自分は自分以外の何者にもなれない





たとえ何者かを目指して その何者かになったように感じたとしても、
それも何者かに似た“自分”






本当の自分は自分が知っていればそれでィィ





彼女と出逢い、私個人の意見にすぎない生き方の持論を、
彼女は自分の生き方を思い出したかのように、自らそれらを好んで選択し歩み始めていた




『他者にどう思われても気にしない

見方は皆それぞれ自由だから、気にしたらキリはない

そして他者の事もジャッジしない

ジャッジは自覚なくても自分で自分を苦しめる

“この人はこういう人”認められたらそれ以上なにもない

“この人はなんでこうなの?”そう見る間はズット続く

自分の正解は、他者の正解にはならない

皆の見方、人や出来事をどう見るか、人それぞれ自由で それが各自の世界での“自分の正解”

みんなみんな 自由、みんなみんな それでィィ

自分の選択は誰もが自由、だからこそ、自分は自分好みの生き方を選択すればィィ 』




なんだか楽になったという彼女、自覚はないというけれど、私には日に日に何かが変化しているように感じる





もちろん、そう出来ない日があったってOKだとして生きている



出来ない自分を自分でそのまま認めてあげられれば何の問題もないと気づいた彼女



そしてそれを認めてあげられない日があったってOKなんだと、気づいた彼女








そう生きたい そう生きようと自ら選択し、自ら好んでそうやって歩み始めた彼女




そう生きたい そう生きようと自ら選択し、自ら好んでそう歩み始めた一昔前の私




まるで自分を見ているかのようで、いつも なんとも言えないような不思議な気持ちになる








あなたは私、私はあなた






生まれてきてくれて ありがとう+°













彼女と会っていたお店で、何度も同じ曲が流れ 心が騒いだ+°








~世界に一つだけの花~



そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい


小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
No.1にならなくてもいい
もともと特別な Only one










みんなみんな それでィィ






自分は自分であればィィ*°






みんなみ~んな、それぞれに輝いている*°









love&peace






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