(注釈:お食事中の方は、後でお読み下さい)

 

昭和27年、工業高挍の土木科を卒業し、

小さい会社に入社した。

初仕事は、北海道の大夕張。測量業務。

その後は、四国。神奈川。新潟等へ。

 

(曲り屋 Wikipedia)

 

 

昭和31年には、岩手の山奥に測量に

乗り込んだ。

旅館は無い。農家へ頼みこんでの寄宿。

曲り屋、大きな茅葺。風呂、便所は外。

 

便所は、大きな木桶を埋め込み、

その上に厚い板が渡してあり、

2枚の板の間には、太めの縄が1本。

始めて見る。始めは、解らない。

1本の縄との初対面だった。

 

 

昭和33年から4年間、鹿児島県屋久島に

水力発電所を建設し、完成させた。

続いて、昭和41年から6年にかけて

その下流に第二発電所を建設した。

それに参加した。その時のこと。

 

第二発電所は、地下式。

工事中に、途中の水路トンネルから

集中豪雨による流水が、地下発電所に

流入し、排水ポンプが浸水した。

それが原因で、全島が停電した。

 

工事事務所の電話が、忙しい。

数時間で回復したが、

その時。一番目にかかって来たのが

「パチンコ屋」からだった。

 

僕の、忘れられない、思い出だ。