マーチン・ルーサー・キングJr
アメリカの人種差別と命を懸けて戦い、公民権法を勝ち取った偉大な方。
1964年にはノーベル平和賞を受賞している。
当時、ある州では法律で白人と黒人が結婚してはいけない。と定められていた。
公共施設も『ホワイト』『カラー』と区別されていた。
バスの乗車に関しても、黒人は白人に席を譲らなければ逮捕された。
上記のような摩訶不思議なことが1963年公民権法が成立されるまで、当然の様にまかり通っていた。
つい43年前のことである。
今では誰もがおかしいと考える人種差別でも、当時異議を唱えようものなら暴力で弾圧される。
しかしキング牧師は非暴力を貫き通し、インド独立の父ガンジーが行ったことを模範とし、民衆と協力しあい公民権運動を起こした。
僕も25年生きてきて、おかしい、と感じることは色々とあった。
しかし、その場で多少の異論は唱えるものの、周囲からそれはどうしようもないこと、とあまり納得のいかない説明をされるだけど諦めていた。
今の介護現場でも、何度か異論を唱えることはあったが、大抵のことは人、モノ、金が無いからしょうがないと言われ、諦めていた。
今ではおかしいと感じることも、どうせ言っても<
1964年にはノーベル平和賞を受賞している。
当時、ある州では法律で白人と黒人が結婚してはいけない。と定められていた。
公共施設も『ホワイト』『カラー』と区別されていた。
バスの乗車に関しても、黒人は白人に席を譲らなければ逮捕された。
上記のような摩訶不思議なことが1963年公民権法が成立されるまで、当然の様にまかり通っていた。
つい43年前のことである。
今では誰もがおかしいと考える人種差別でも、当時異議を唱えようものなら暴力で弾圧される。
しかしキング牧師は非暴力を貫き通し、インド独立の父ガンジーが行ったことを模範とし、民衆と協力しあい公民権運動を起こした。
僕も25年生きてきて、おかしい、と感じることは色々とあった。
しかし、その場で多少の異論は唱えるものの、周囲からそれはどうしようもないこと、とあまり納得のいかない説明をされるだけど諦めていた。
今の介護現場でも、何度か異論を唱えることはあったが、大抵のことは人、モノ、金が無いからしょうがないと言われ、諦めていた。
今ではおかしいと感じることも、どうせ言っても<
病院にボランティア
今日は夜勤明けでボランティアに行ってきた。
長期入院している子供達といっぱい遊んだ。
子供と遊ぶと汚れた心が綺麗に洗われていく感じがする。
子供の頃持っていた無邪気さ、純粋さはいつまでも大切にしなくては。
長期入院している子供達といっぱい遊んだ。
子供と遊ぶと汚れた心が綺麗に洗われていく感じがする。
子供の頃持っていた無邪気さ、純粋さはいつまでも大切にしなくては。