それは…
三国時代の詩をモチーフにしたイメージCDを作ること!
…作曲は、プロにこっそりお願い中なのです(笑)
私は詩を何点かピックアップして、現代語で現代人にとっつき易い脚色も加えつつリメイクする作業と、ジャケ絵作りをしてます♪
曹丕と曹植が鉄壁なので、必死に原本と向き合ってます。幸せです。
目標は、次の交地で出店かなぁ。
ちなみに交地は今回も行きますよ~。
お目当てはもちろん企業ブース!
楽しみ~☆
休憩時間に、会社のカフェテリアの備品になぜかある蒼天航路を読んでいました。
最終巻・・・涙なくしては読めませんでした。
曹操様好きにはあのラストはずるい!!
やっぱり曹操が最期まで想い続けてた女性は水晶だったんだね。
英雄色を好むを地で行くような人だと思ってたけど、結局のところ根本は一途なのだと思ったら涙腺が崩壊しました。
若き日の曹操の生き生きとした顔が・・・!
トイレに駆け込んで号泣して暫く仕事が手につかなくなってしまったという・・・(笑)
私も死んだら曹親子を探しにいきまs(ry
関羽を「天をゆく者」とし、自らを「地をゆく者」とする。
各地に関帝廟を作り、天をゆく者は後世ずっと祀られる。
地をゆく者は100年も経てば歴史からその名は消えてせいせいする、と曹操は言ってました。
あー、残念だったねwと言いたいです(笑)
奸雄として、英雄として、詩人として、全ての曹孟徳を敬愛する人が1800年経った海の向こうにもいます。
ところで、会社のPCがぶっ壊れて本気で心が折れたのですが、曹操様迎えに来てくれませんかね。
前回のブログに書いた運命の出会いとはコレっ☆
まだ出版されてから一年経っていない新しい本みたいで、たまたま寄り道した書店で見つけて一人で絶叫しそうになりました(笑)
光の速さでレジに猛ダッシュ。
三曹と建安七子が詰まってます・・・!!
これは家宝決定!!!
とりあえず、曹丕のところから読みました♪
なんというか、評としてはほとんど私が言わんとしていることに近いです☆
曹丕を皇帝として見ると同時に文学者として見てくれる方がいることはやっぱり嬉しい。
文学者という要素が加わることで、彼の評価はガラっと変わります。
陳舜臣先生もだけど、本を出せるレベルの人ってやっぱり表現力や語彙力が違うなぁ・・・的確すぎて脱帽する。
私なんかだと色々頭の中で感動と考えを巡らすのだけど、結局「素晴らしい」と一言だけのアウトプットしか出せない・・・。
論文とか書けるようになりたいのにコレはまずいなぁ。
曹丕が善政皇帝だったのは有名だけど、具体的にどんな政策を為したのか、まで詳しく書いてあります。
賦役や税金を軽減とか、仇討報復の禁止とか、飢饉が起こった地域に食べ物とお金恵むとか・・・
こうして列挙されると平民からすると本当にいい人じゃないか!(笑)
日本の政治家も小学校の学級会みたいなコトしてないで見習えコノヤロー(笑)
まぁ、これは私が曹丕を語る時によく引いてくる部分なのですが、本人も
至若智而能愚、勇而能怯、仁以接物、恕以及下、以付後之良史。
と、ある意味認めてますからね。
(知的な事から愚かな事まで、勇ましい事から怯えた事まで言ったし、仁を以て物に接し、慈悲(?)が民に及んだ部分もあるだろうけど、評価は後の史家に任せる)
せっかく民衆を楽にしてあげて国の基盤をキープしていたのに、コレを壊してしまったのが曹叡の土木工事ですよね・・・曹叡も暗君ではない(寧ろそれさえなきゃ優秀)だっただけに惜しいな~。
無双の劉備のセリフで「民こそ国の基!」というのがありましたが、その通りかもね。
この本の中で『典論』「論文」の中での建安七子批評について、
「それぞれの作家が気を異にする、個性に違いがあるのだから、文体のジャンルにかたよりができてくる。つまり、ある文体は得意であるが、それ以外の文体は不得手であるという長所と短所が生じてくるのは、当然で、それを現在の文学の状況のなかで検証したのである」
とあったんだけど、確かにその通り原本から読み取れます。
で、私はそこからもっと深く解釈しちゃったり。
弟の曹植が詩で評価され、曹操からも贔屓されていた事実を受けて、「曹植は詩が得意だけど他の文体は大したことない、ましてや論文なら自分の方が上」と主張したかったようにも取れるんです。
論文は理論的に、詩は感情的に(曹植のそれとは表現のベクトルが違いますが)と文体を使い分けられる曹丕は主張せずとも十分凄いと私は思いますけどね。
それも含め、彼は「演者」でもあったというのが私の見解としてまた別にあります。
本から引用するとすれば、
「できるだけ民家の鄙直な表現をいかした詩をつくることに、意識的に専念していた」(「釣竿」「上留田行」に関して)
とありましたが、詩を作るにあたって詠まれる対象への感情移入があまりにも上手い。
女性の心を詠った詩も多いですが、それらに於いても私は同じ女性として共感し、燕歌行では本気で泣いたことがあるので(爆)
広大なスケールで詠むのではなく、個人の心という狭い区域の中で詠むからこそ、よりリアルな感情を的確に描写することができるんですね。
まるで自分のことを言い当てられたかのような畏怖のあとに言い知れぬ共感を呼ぶ・・・その点こそが父や弟とは違う、曹丕の作風ならではの良さで私は好きなのですが、どうでしょうか。
短歌行のように自分自身の心情を詠んだものも、あれやこれやと解釈も要さずに率直に思いの丈が伝わってくるから、反則的に胸にきますね。
個別の作品については追々また取り上げて語っていきますね♪
続きです。
あまりに長くなりすぎたので・・・。
ちょっと触れましたが、また興味深かったのが当時の容姿の認識。
例えば、周瑜=イケメンは共通認識のようになりつつありますが、ホントにそうだったのか?というと当時の美的感覚と現代の美的感覚に齟齬が発生してる可能性もありえるから・・・という結論に。
確かに、当時だと強そうなゴリマッチョのヒゲオッサンが花や蝶やと美しく表現されてた感が。
これも終了後に先生とお話しした際に話題に出たのですが(というかどうしても言いたくて出したのですが/笑)、ちっちゃくて威厳がなかったと容姿を悪く言われた曹操の方が、現代のイケメンのイメージに近かったのかもしれない。
あと当時は髯も宦官と区別するためのマストアイテム。
でも、美女の認識は現代とあんまり変わらなかったとちらっと聞いたことがあるんですよねー。
女性の容姿に関する記述って、単に美しいとだけで具体的なのがなかなか見つからないのでよくわかんないですが・・・。
だいぶ知識も深まりましたし研究者視点の考え方も学ぶことができましたが、やっぱり三国志は謎が多い!
陸遜の改名時期とかは先生でも記述見たことないって。
どうりで私が探しても無いわけだ・・・。
改名した意図とかすごく気になってるんですよねー。
「孫」家の「道」(しんにょう)で「遜」として一族への未練を断った、とか勝手にドラマティックな妄想して楽しんでます(爆)
自分も本格的に勉強したいとか言ってる身で何だけど、謎が多いからいいのかも。
永遠の初恋、永遠の片想い・・・そんな物語(ロマン)
みたいなね!!自分で何言ってるんだかわかんねー!(笑)
でもとにかく三国志は奥が深くて大好きだよ!!
もう一つ、いつにも増して頭の中が春麗らなのは理由がありまして。
帰り道でとても奇跡的な出会いをしました。
このタイミングで、運命としか言えないほどの出会い。
それについてはまた次回・・・☆
ただいまです!!
ここ数ヶ月で一番アツい2時間弱でした!!
・・・というと何かライブMCしてるバンドマンみたいだけど(笑)
三国志街道の集いに初めて参加させていただきました♪
地元だし(徒歩15分/笑)、三国志研究家の方と話してみたいし~と軽いノリで申し込んでみたのですが、今度から予定調整してでもゼッタイ参加したいと思いましたっ!!
・・・来月は、旅行の予定が入ってるから行けないんだけどねorz
さすがに友達との先約は仕方ない。
三国志の話したり聞いたりしてる時が私いちばん楽しい。
せっかくのバイキング食べ放題だったのに、ドキドキしちゃってほとんど最初に出された特別メニューだけしか食べられませんでした・・・。
個人的に「曹操」という名の焼酎が気になったので、そのうち奇跡的に金曜の夜なんかが空いたら個人的に飲みに行ってみようと思います![]()
気に入ったらボトルキープだーっ。
さてとっ内容の話にいきますー。
毎回、参加者が議論して次回の特別ランチメニューを決めるのですが、今回は「劉備のわらじトンカツ」(笑)
桂花陳酒と一緒にいただきまーすっ
味付け海苔は関羽の髯、肉は張飛(の実家からお取り寄せ?笑)、ミミガーは劉備の耳(!!)らしいです。
三国志風創作メニューって面白いなぁ。
料理は割とするので、ウチでも何か考えて作ってみようかな♪
ミミガー好きでよく一人酒のつまみにするので、次から見る度に劉備の耳を思い出しそう(笑)
そして研究家で講師の満田先生、芸人のおくまんさんのトークに白熱!!
曹休の墓の真偽についてとかね。
満田先生曰く、「曹休」と書いた印について、曹操の墓っぽいモノから出てきた「魏武王」みたいに役職名ならともかく、普通は姓+名で呼ぶのは失礼だから不自然??という見解が。
私は図々しくも終了後に直接お話しさせていただいたのですが、「君主は姓名で呼んでも良かったから、曹叡が作ってあげたという可能性は?」と尋ねたところ、何とかこじつけるとすればプライベート用(今でいうシャチハタみたいな軽い用途)にそうしたというのも考えられるそうです。
曹丕はそういう余計なことやらなそうだけど(笑)、曹叡ならやってもおかしくなさそうだよね。
そして曹操の墓は、本物だという可能性が限りなく高いと中国の研究者が改めて発表したそうです。
が、発掘した当人でなければ深入りできないので、断定することはできないようで。
でも仮に曹操の墓じゃなくてもあれほど当時の立派な大きい墓が見つかったというコト自体が大発見!と。
確かにそうですよねっ。
断定されたとしたら全然薄葬じゃないところだけツッコミたいんだけどなぁ(笑)
トークの後は、おくまんさんが武将の生涯を紙芝居にまとめて発表してくれました♪
今回のテーマは「馬超」。
横山光輝風の似顔絵がカワイイ!!
馬超の不遇さにひたすら切ないモードになる会場。
蜀に行ってからもっと活躍できたら良かったのにね。
単身で新参者として来て、馬家ブランドで高い官職だけ与えられても・・・ね。
劉備としても使い所がわかんなかったのかもしれない。
そういや馬承ってどうなったんだろうね。
先生もよくわからないと言ってたけど。
馬超の遺言には従兄弟の馬岱をよろしくとしか言われてないよね。
おくまんさんのトークは面白くて、普段バラエティー番組とか見てても全然笑わない私も笑いっぱなしでした☆
無双の張コウのモノマネがウケた!!
何であんな話題になったんだっけ(笑)
馬超イケメン説→当時のイケメンの解釈についての話からだったかなぁ~。
だがしかし一言物申す!
無双張コウはオカマでもモーホーでもなく ナルシスト です!!(笑)
いや~好きだよ、彼!
「儚いからこそ・・・美しいのです・・・」とか言いながらアナタ史実では60近くまで生きましたよね?とツッコミいれたくなる辺りとかね(笑)
実際にモーホーだったんですか?三国時代の武将でモーホーっていたんですか?とかいう話題にまで発展して腹筋崩壊するかと思った。
張コウ子供いるし違うよ!きっと!
日本の戦国時代にはいたみたいだけど、どうなんだろうね(笑)
無双であんなキャラにされたのはあざなの所為だと主張しておきました。
雋乂って漢字にはどちらも「美しい」って意味が含まれるので、と。
しかし自分の字に美しいって持ってくる辺りやっぱりナルシスt(ry
音楽とかにも精通してたというエピソードもあるし、ナルシs(ryは説得力なくもない。
長くなりすぎた感がありますがまだ語りたいので、次の記事に分けますっ。
三国志大戦の身内オフ会、お疲れ様でした!!
一部の人の腕に謎の腕章が。
私は最近目が何かおかしくて病院にいかなきゃいけなかったので、ゲーセンの部はほとんどいられなかったのですが…無限回収カードをたくさんいただいたりありがとうございます![]()
今日だけでR曹丕を5枚もらいました(笑)
ついでにリサボにあった大戦1の曹丕ももらってきました!
あとは2のバージョンのがほしいよ~っ!
友人が今度1の曹植を養子にくれるというので期待っ♪
曹丕、曹植とつくものなら何でも愛せる気がします(笑)
ちなみに、家に帰って見たらR曹丕が7枚あって笑いました。
一体どうしろと(笑)
とりあえず、SR曹操ももらったのでキラキラの鳳凰の絵柄のスリーブに入れて会社のデスクに飾ろうと思います。
自分の士気上昇のために!
あ、そういうの許される職場です。
現に私のデスクには孔明が東南の風を呼んでる人形とか、恋姫無双のプレートとかがズラリ。
飲みでは蜀のデッキケースもらっちゃいました♪
色々頂きっぱなしで申し訳ない…!
その後は流れで一部の人はカラオケに。
あの…その…選曲が(笑)
アニソンやらV系やらボカロやら、すごく…カオスです…。
ほとんどの曲知ってましたが(笑)
初っ端から闘艶結義でトバしてすみません(笑)
みんなの音楽の好みが知れて楽しかったです☆
まさかのON/OFFとサンドリヨンでデュエット!
ヲタ曲ばっかなのにさりげにみんなガチで上手いからタチ悪い!!←誉め言葉
カラオケオフもまたやりたいです
明日は三国志街道の集い!!ということでがっつりコアな三国志トークしてきますっ。
有難いことにこのブログも徐々にアクセス数が伸びてきております。
現在、リアル友達には誰一人教えていないので、その割には健闘しているなぁと。
そこで勝手に当ブログの検索ワードBest5を発表~!
というか、すごく面白いコトになっていたので(笑)
5位☆三国志街道の集い
→今週末に亀戸の中華料理店にて行われるイベントです。
行かれる方なんでしょうか、私も行くので楽しみです♪
4位☆洛神賦
→曹植が、兄嫁の甄氏をモデルに詠んだと言われてる詩。
甄氏の本名が甄洛だから、洛の字を掛けたのかなーとか勝手に妄想してます。
3位☆曹丕 命日
→そうだね!時期だよね!(笑)
意外に数が多いので驚きでした。
曹丕様を気にかけてくださってありがとうございます(爆)
2位☆曹操
→魏民の多さに万歳!!!!
永遠のヒールでありヒーローなそそ様。
1位☆曹植
→父と兄を抜いて、しかも断トツの検索数でした・・・!
ちーちゃんの時代が来々?(笑)
こんな感じで、まさにブログの意向に沿った結果になってました。
見てほしい方に見て頂けている気がして、嬉しい限りです。
これからも魏軍、曹家愛を貫くぞー。
以前に曹丕の「芙蓉池作」を挙げた際、曹植が返歌をしていると言及しましたが、今回はその詩を取り上げたいと思います。
建安文学復興計画、遂行中です!(笑)
公讌
公子敬愛客 終宴不知疲
清夜游西園 飛蓋相追随
明月澄清景 列宿正参差
秋蘭被長坂 朱華冒緑池
潜魚躍清波 好鳥鳴高枝
神飇接丹轂 軽輦随風移
飄颻放志意 千秋長若斯
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公子 客を敬愛し、宴を終るまで疲るるを知らず
清夜 西園に遊び、蓋を飛ばして相追随す
明月 清景を澄え、列宿 正に参差たり
秋蘭は長坂を被い、朱華は緑池を冒う
潜魚 清波に躍り、好鳥 高枝に鳴く
神風 丹轂に接わり、軽輦 風に随いて移る
飄颻として 志意を放にし、千秋 長えに斯くの若くならん
さすが詩聖、流れるように優美な表現ですね。
二作を読み合わせると、情景は酒宴のあとにやっとほっと一息ついた兄弟が雑踏から離れて詠い合ったって感じかな?
少し遠くではまだざわついてて、ほろ酔いで上機嫌な二人が夜風に吹かれながら静かに向かい合う姿を想像したら・・・なんだか胸が熱くなります。
ここではっきりと視点の違いがわかるのが、「千秋長若斯」つまり「こんな時が千年続きますように」ですね。
刹那的で、リアリズムが色濃く現れる曹丕の詩とは対照的に、曹植のはいくぶんファンタスティック。
詩人の詩人たるべき視点と姿を持っていると個人的には思うのですー。
だから、詩を娯楽と見る大衆にウケたってのもあるかもしれない。
曹丕としては文学はただの娯楽に非ず!って言いたそうだけど。
ところで曹植は、さすがに本当に千年生きられるとは思ってないだろうけど、心から兄も自分も長生きして幸せな時を紡いでいたいと願ってたんでしょうね。
曹丕のことを「壽終金石 等算東父」(寿命は金石のごとく、年数にして太陽と同じ)と言ってるんですよ。
これは他でもない曹植の願望ですよね。
太陽のことを「東父」と表すのも興味深いです。当時じゃ普通?
東にあるのが太陽、西にあるのが月で、当時の認識だと陽が男、陰が女だからかな。
ということは「西母」で月?
その陰陽の考えから、陰陽魚太極図(無双の孔明の服についてるあのマーク・・・白黒の勾玉が抱き合ってるようなの)は縁結びのお守りなんかにも使われてるんですよ!
それにしても曹植の曹丕に関する評はどれも読んでてこっちが気恥ずかしくなります(笑)
先立たれてしまった時の慟哭は計り知れないものだったんだろうなぁ・・・。