るー’s Memorandum of life -7ページ目

るー’s Memorandum of life

全ての記事が自分のメモです。

貴志祐介

2008 講談社



 今から1000年前の文明が滅んだ「血塗られた歴史」のあと、日本列島では9つの街に約5万人の呪術を操る人間が暮らしているだけだった。人間たちがやりたがらない仕事は呪術を持たないバケネズミが引き受けていた。

 本人の思いとは関係なく呪術が漏出して周りの木々や大地、家の壁を捻じ曲げ、人命をも奪ってしまう業魔(別名 橋本アッペルバウム症候群)、人間が人間を呪術で殺すことは禁じられており万が一そのようなことがあれば愧死機構によって自らも死を遂げるのであるが、遺伝子の突然変異により攻撃抑制がきかない人間は悪鬼(別名 ラーマンクロギウス症候群)と呼ばれた。業魔や悪鬼は恐ろしいものとされ、悪魔を呼び寄せる行為 即ち八丁標を超えて街の外へ出る行為は固く禁じられていた。        

 しかし、子供ながらの好奇心と冒険心から八丁標外への探検に乗り出した5人の子供たちがいた。彼らはミノシロモドキ、不浄猫の存在を知り禁断の知識を得てしまう。それは封印すべき過去が巧妙に隠され、追究してはならない噂には閉口するよう誘導されているという事実だった。人間と情報が管理されることによって、この街の平和と秩序が維持されていたのだ。 5人は、想像をはるかに超える物語に巻き込まれていく。

 貴志氏は自身のインタビューで「完全にインドア派で読書好き。友達の家に遊びに行った時も本棚から勝手に本を出して読んでいた」と語っている。村上春樹にハマった時期があり特に『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は好きだったと述べる氏が描く洞窟内の様子は、同作へのオマージュではないかと感じた。蒸し暑く光のない洞窟内を住処とする蛭、蓄積した排泄物の中で生きる蝿、大群となり人の影のよう動き回る吸血ダニ。血飛沫を浴びたり首の骨を粉砕するグロテスクな恐怖もさることながら、絶対的な恐怖は人間の心理への訴えである。この点を圧倒的に得意とする貴志氏が描く一言一句に、読者は引き込まれてしまう。

 『新世界より』は2012 年にアニメ化されている。お経を唱えるような、妖術をかけるようなBGMが物語の不吉な展開を予期させる。主人公たちは大きな瞳で愛らしく、アニメらしい透んだ声であるが、原作に忠実に再現されており物語には不気味な重苦しさがある。 一方で文字で読み取れるような本能的な拒絶感、過去への哀愁といった炎が揺らめくような心の動きが映像では伝わりにくいのが少し残念である。

 本書は鬼才と称される貴志祐介が1000ページを超えて書き下ろした一作である。日本SF大賞を受賞した本書をSFファンならずとも手に取っていただきたい。


昨日、次男が3歳になりました。4月からは幼稚園生です。

お祝いを兼ねてディズニーランドへ行ってきました。写真は…全く撮らなかったので、ネットから画像をお借りして忘却録として書いておきます。

三井ガーデンプラナ前泊
モデレートツインのお部屋
部屋着がリニューアルしたとのこと。サイズは120からだったが、7分丈なので次男も着られた。館内着と、スリッパでホテル内を移動して良いので楽でした。

夕飯は近くのイオンにて中華。

翌朝プラナのビュッフェレストランで朝食とり、ディズニーランドへ

モンスターズインク、バズライトイヤー、ウエスタンリバー鉄道、ジャングルクルーズ、トムソーヤ島へ

バズの撃つやつ!と探検がお気に入り。次の日もランドへ行きましたが、バズは合計4回ほど乗った長男でした。

ランチ キャプテンフックスギャレー
ここでしか買えないランチケースのスーベニアを頼まれたらしく…ピザはまぁまぁ大きくて美味しかった。けどね、席取るの大変だし狭いし出来れば北斎がいいですねやはり笑


1日目のディナーはとあるレストランへ…
忘れないように書いておきたいがSNS投稿が禁止されているので頭の中で覚えていよう。

1日目夜ディズニーランドホテル宿泊
7人で宿泊
洗面所写真のタイプが2つとお風呂も2つあったので過ごしやすかった。私はベッドで寝たけど皆を簡易ベッドで寝かせてしまって申し訳なかった。

朝食のあとランドへ〜!

大変豪勢な休日でした。
数年ぶりに村上春樹と向き合う。色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年という書き下ろし小説を読んだ。すんなりと読み込めたというのが正直な感想。
私は自分が学生だった頃、主人公がなぜ大事な場面でなにも言わないのか黙っているのか平然を装っているのか、あるいは本当に何も感じないのか疑問であった。
例えば国境の西、太陽の東では奥さんが他に好きな人ができたと言って突然家を出てしまう。ダンスダンスダンスでは一緒に食事をとっていた五反田君が突然姿を消してしまう。やれやれ、ではない。どうして追いかけない?どうして問い詰めない?そういう疑問があった。だが、今回つくるがいきなり5人グループから拒絶された時、彼は詰問せず引き下がったのだが、そういうのもあるよねと共感できたのは一方で深く傷付いている描写がしっかりとあったからだろうか。

夢の中でシロは魂を鎮めていたのかもしれない。つくるならいいよ。つくるなら身を任せられる。そういう思いがつくるを中に導いたのではないか。灰田は久々にできた心置きなく話せる友人であったが彼は突然姿を消してしまう。おそらく灰田は、つくるのことが好きだったのだろう。人間的に好意を抱いているという思いを超えて、おそらくこの人を抱いてみたいと思うほどに好いていたのだろう。夢と想像と、想像とリアリティの境界。灰田は自分自身が分からなくなった。それは1人暗い海に突き落とされるように。

つくるを拒絶せねばならなかったことで、アオアカそしてクロも傷付いていた。彼らは長年つくるがいないことに目を向けないようにして生きてきた。握手とハグ、それは現実的な癒し慰めだ。僕らはもっと抱き合わなくてはいけない。そうすることで僕らは真価を発揮するのだから、誰かが言った。