『君がいた、ヘルッシュがいた』
長野治雄
2003年
本の森
第1章 実存化数へのプロローグ
あるとは何だろう。いるとは何であろうか。人はこの地球上で太陽さえあれば生きていける。この2つの星さえあれば宇宙も人の心も完結するはずである。しかし宇宙には衛星、惑星、恒星がある。人は宇宙の大きさを知りそして完結を望んだ。
星にも生き物と同じように生まれ育ち老いて死を迎える一生がある。大きい星は大きくなった体に耐えきれず激しく爆発し最期に至る。そしてそれは太陽も例外ではない。時の神、容器の神、生の神は集って言う。「この星も宇宙の塵となってしまったなぁ」そしてこの塵やガスが集まって星が作られ変化して遂には終わる。しかし黒い星だけは違う。他の星を食べ、食べているにも関わらずむしろ小さくなっているようにも感じる。この黒い星はなぜ創られたのだろう。科学はそれをかなり奥深くまで明らかにしてきた。しかし我々の心は晴れない。宇宙の有と無。宇宙とは未来永劫続くものなのか或いは全てのものに寿命があるように終わりがあるのか。何故宇宙は我々は存在しなければならないのか。この問いに答えたその時に存在の素晴らしさに感謝するのである。
第2章 実存化数への夢
水→水素と酸素→原子核と電子から成り立つ。ものには単位がある。そのものをどんどん小さくしたらものはどんなものになるのだろうか。宇宙とは最小単位が何かを明らかにすることであり、それが明らかになれば宇宙が何故存在するのか分かるのだ。最小単位とは即ち実存化数であり、実存化数こそ自然数より基本的な数でありここから色々な数が作られた。実存化数とは自然数とその間に演算をもった数で実存化数による演算は必ず実存化数になり、よって自然数によって作られる負の数も虚の数も実存化数を作ることができる。
時間とは何か、空間とは何か。それらがあるとはどう言うことなのか。あるとはなんだろう。それは点と点の移り変わりを意識した時に始まったことで数値に捕らわれた考えをする限り、新しく作り出されまた排除されこれを繰り返す真の宇宙の姿を知ることはできない。時空間は2つの相対関係によって造られ広がっていき、過去に戻れないように宇宙が小さくなっていくこともない。ただし量子化と量子崩壊により宇宙は止めどなく大きくなって行くということはない。そしていつの日か宇宙は終わり実存化数の世界は終わり究極化数即ちゼロ、無限大の知られざる数の世界になるのである。
第3章 実存化数による宇宙のシナリオ
未完







