新潮文庫
村上春樹
昭和65年
ハードボイルド(現実世界)と世界の終わり(意識、空想世界)が舞台の物語。
ハードボイルドな世界で、私は計算士の仕事をしていた。35歳、数年前に妻と猫が家を出て行き、こじんまりとしたマンションで一人暮らし。計算士は脳の中で数値を暗号化するのが仕事だ。またシャフリングという作業は組織の者が脳の中をトンネルのをように何かを通過させ情報を抜き取っていく事だ。この作業は危険なので私が属している「組織(システム)」によって凍結されている。「組織」が情報を守る一方でそれを盗み出そうとするのが記号士であり「工場(ファクトリー)」の人間である。
かつて「組織」に属し今は自身の研究に明け暮れている博士に呼び出され、凍結されているはずのシャフリングをするよう命じられる。汚水を飲み腐敗した物を食べ光を嫌い時に人を襲うやみくろと記号士が手を組みとても危険なのだという。暗闇の地下にある研究所を訪れ滞りなくシャフリング作業を行ったお礼として箱をもらう。中には博士のコレクションの1つである獣の頭骨が入っていた。それが何か調べるため図書館へ行き、受付の女性と親しくなる。それは一角獣の頭骨だった。
世界の終わりの中で僕は図書館で獣の頭骨から古い夢を読み取る「夢読み」の仕事をしている。僕の仕事を手伝ってくれる女性がいる。彼女は頭骨を運びしまい、時にサンドイッチを作り熱いコーヒーを淹れてくれる。この街に来る前何をしていたのか、どうやってここに来たのか全くわからない。この土地に入る時、門番の前で影を捨てた。そうしなければこの街に入る事が出来ないからだ。影はこの街の地図を作るようにと僕にいう。ここは壁に囲まれていて完全であるが不自然である。僕は影と一緒に必ずここを出ようと誓う。が、この街に住み馴染んでいくと同時に、居心地の良さを覚える。それは僕が徐々に心を失いつつあるということなのだと影に知らされる。
現実世界では突然2人組の男がドアを壊し家中のあらゆるものを破壊して行く。「もうじき組織の奴らが来る。俺たちがきて頭骨を探していたと言え。でもあんたはそんなものは持ってないし何も知らないと言うんだ」彼らが帰ったあと組織がきて、その後博士の孫娘であり助手であるピンクスーツの太った女性がやってきて言う「助けて。世界が終わってしまうのよ」地下にある博士の研究所はやみくろ避けが破壊され室内も荒らされていた。非常口から暗闇を抜け蛭が蔓延る穴だらけの道を抜けていくとやみくろが聖域と定め近づけない場所で博士が待っていた。博士は私に言う「ある装置が壊れてしまい、シャフリングした事であなたの頭の中に組み込んだ第3回路が動き出してしまった。あなたの意識は恒久的に時間や空間の広がりや生死や自我のない“世界の終わり”の中で生きることなってしまった」
影がかなり弱って今にも死にそうだと耳にし、僕は影に会いに行くことにする。ここでは誰も他人を羨んだり嘆いたり悩んだりすることがない。年老いて死の予感に怯えることもない。そして正直言って図書館の女の子に惹かれている。ここから逃げ出すことを躊躇っていると僕は影に告げる。影は言う「あの子には心がない。彼女の影は遠い昔に死んでいるのだから。この街の完全さは心がないことで成立している。憎しみや欲望がない代わりに喜びや愛情もない。君のやっている夢読みとは心の重圧を吸って死んだ獣の心を大気中に解放することなんだ」
現実世界にて、私は自分の人生を振り返ってみた。多分もう一度やり直せるとしてももう一度同じような人生を巡る気がした。それが私自身だからだ。世界の終わりの不死の世界では失った物を取り戻して幸せを手にするかもしれないがそれは別の私の人生であり私は死ぬのだと便宜的に考えることにした。最後に図書館の受付の女性と食事をし寝た。満ち足りた気分だ。そして朝の光の中で目を閉じた。
影は僕を説得し、僕は思い直し現実世界とこの世界の終わりが唯一通じているであろう溜まりの水面に赴く。季節は冬で例年にも増して寒く降りしきる雪の中やっとの思いでたまりへと到着した。早く行かなければ門番が追ってくるだろう。しかし僕の心は決まっていた。僕はここに残るのだ。たとえ影と離れその事で心を無くし、世界の終わりの深い森に追放されようとも図書館に残した女の子を置いて行くことはできない…と。僕は彼女の心を探し出したいのだ。これは僕の責任なのだと。影は言葉を失うが決意が変わらないことを察し幸せになれよと一言残したまりへ飛び込んでいった。僕はもう戻れないしどこにも行く事も出来ない。彼女は待っているだろうか?ただ鳥だけがこの街の壁を飛んで行くのだった。
〜〜
高校の時に読んだのだが内容記憶になく再読。村上氏の小説はわりと読んだと自負しているが現実と空想が交錯して行く感、ファンタジー感で結構好きな小説だった。世界の終わりは当初不自然で危険で嫌悪する場所だったのに街に馴染んで行くと同時に心の葛藤や起伏がなくなって行く感じ、むしろこの街に居続けることはいけないのか?と問うてしまう感じ、そして影に諭されて心を取り戻していく様はやはりとても上手いと感じた。現実世界では救えなかった元彼女を救うため、氏は小説を書き続けているらしい。1Q84を途中でやめて以来久しぶりに読んだが、ノルウェイの森を読み返すのは気が重いし色彩を失った〜〜も何故かあまり気がすすまない。がハードボイルドワンダーランドは出版されて30年経っても村上氏の世界観がよく出ているしなかなか良かった。…と言って人に強く勧められないのが不思議。