スコット・フィッツジェラルド
村上春樹訳
2006年
中央公論新社
登場人物
●ギャツビー ウエストエッグ住人、ドイツ系アメリカ人
●ニック 語り手 スコットランド系アメリカ人
●デイジー 高級地イーストエッグ住人 アイルランド系アメリカ人
●トム デイジーの夫
●ベイカー プロゴルファーの女性
●ジョージウィルソン ガレージオーナー 貧困層
●マートルウィルソン ジョージの妻 トムの愛人
シャンパンを飲み、プールで泳ぎ、オーケストラが音楽を奏で、毎晩夜空に花火が打ち上がる。招待状持たない客が好きなだけ騒ぎ帰って行く。そしてまた翌日開かれる盛大なパーティのため執事たちは割れたグラスを拾い集め飾りを付け直している。しかし毎晩隣家で開かれるこの豪華すぎるパーティ、誰がどのような目的で開いているのか、知るものは誰もいない。
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かつての恋人デイジーの愛情が変わることなく続いていると信じ、戦地に赴いた5年間の空白を埋めるべくデイジーを探し続けるギャツビー。ギャツビーは自身の存在に気付いて欲しい、見つけ出して欲しいその一心で、湖畔を挟んだデイジー宅のちょうど反対側に城のような豪邸を築き、宴を開いてるのだった。
「トムとの結婚は自分を待ちくたびれ仕方なくしたことで愛などなかったのだと言えば、君と僕の全てがうまくいく」とデイジーに諭すギャツビー。
トムはギャツビーに「お前は薬局という表向きのビジネスをしながら実は大富豪を株操作で陥れた偽りの成り上がり。お前とは生まれが違う、血統が違う、何もかもが違うのだ 」と罵られギャツビーはまるで人殺しの形相でトムに殴りかかろうとする。それを見たデイジーのギャツビーへの愛は一気に冷めてしまう。「トムを愛してたことがなかったとは言えない。あなたは多くを求め過ぎなのよ…」
ギャツビー、デイジー、トム、ベイカーそして僕は街へ出た。ギャツビーとデイジーが乗った車は突然道に走り出て来た女性をはねてしまう。彼女は即死だった。そしてその女性はトムの愛人のマートルであった。ギャツビーはこの事故について決して真実を語るまいと誓う。実はデイジーが車を運転していたということを。
車の目撃情報や彼女が身につけていた宝飾品からマートルを引き殺したのは、ギャツビーだと決めつけたマスコミは「大富豪ギャツビー愛人轢き殺し」と大々的に取り上げる。マートルの夫、ウィルソンは銃を片手にギャツビーの元へ。
豪邸のプールサイドで、ギャツビーはデイジーからの電話を今か今かと待っていた。「どこか遠くへ一緒に行きましょう」という一言を言うためデイジーは電話をかけてくるはずだと。しかし彼の背後に現れたのはウィルソンであった。彼は迷う事なく引き金を引き、ギャツビーを銃殺し自身も自殺してしまう。
ギャツビーの訃報を受け死を悼む者、花や手紙を贈る者は誰もいなかった。かつて何百人と言う人が毎夜彼の自宅で騒ぎ踊り飲み好き勝手過ごしていたと言うのに…。トムとデイジーは娘を連れ、彼の死から遠ざかるように旅に出てしまった。彼の葬儀にやってきたのは僕と、年老いたギャツビーの父親だけだった。
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村上氏はあとがきにこの作品へ寄せる思いを30ページに亘り記載している。人生の中で巡り会った重要な本3冊を挙げるとしたらドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』とレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』そして『グレート・ギャツビー』であり、中でも本書に出会わなければ小説家にさえなっていなかったかもしれないと記している。本書は情景が極めて繊細で鮮やかに描写され情念や感情が精緻であり、一行一行丁寧に読まなければその素晴らしさが理解できない。だからこそ文章のリズムを損なわいよう時には小説家としての想像力を活用して翻訳したという。40年以上この小説を宝玉のように慈しんできたという村上氏の渾身の翻訳を楽しんで頂きたい。