最近、不眠がひどいのでそろそろ快眠したいです。睡眠薬を飲まなくても寝れますように(。-人-。)

僕のブログのタイトルにある自明性の喪失について足りない知識をもって説明したいと思います。


今年の5月に精神状態が悪化したとき主治医にその苦しみを改めて訴えたところ、この自明性の喪失という言葉が返ってきました。誰もがあたりまえだと信じている常識や法則、摂理を疑わずにはおれず内的世界も外的世界も壊れて成立してないように感じる統合失調症の症状の一つだそうです。


1978年に日本でも翻訳、出版されたドイツのブランケンブルクという精神病理学者の本(1968年ごろ出版)によって当時かなり精神医学界では注目された概念のようです。先生の診察のあと僕もネットで古本を手に入れました。(古本でも三千円しました…)

内容は正直素人には難解で訳ワカメな部分が多かったのと体調がよくなかったこと、それに暫く本を読むことをしなかったことにより読破するのに時間がかかりました。専門書なだけあってドイツの精神医学と哲学の知識がなければ著者の論説は理解できません。ただ、本に出てくる一人の女性の症例と訴えに自分の苦しみと重なる部分が確かにあり、なるほどと少し腑に落ちる気がしました。

この女性は苦しみに耐えきれず結局自殺してしまうのですが(少なからずショックでした)、今は医学の発達による薬の恩恵や周囲の理解もあり、僕自身は命を天秤にかけるほどは今のところ苦しまずにすんでいます。というか、肝心なのは喪失してしまった、ではないかと考えます。僕は自明性の危機に陥りやすくその圧力を日常的に感じながらかろうじて現実を生きているのではないか、そう捉えています。

この自明性の喪失は当時、単純型精神分裂病の症例研究として発表され注目されたのですが、近年この書中の女性の描写から彼女は広汎性発達障害ではないかとの論評がなされ、発達障害者の症例として見直され研究されているとのことです。(ネットで検索したらでてました)


ただし、40年前の概念でありそもそも自明性が存在するのかという考えが現在あるそうで(知人の精神科医に聞きました)、哲学的な色彩の強さもあり簡単に理解できるものではないようです。

哲学といえば本書に頻繁にハイデッガーの「存在と時間」が出てくるので、自己理解のためにもようやく蘇ってきた知識欲のためにも次はこいつをターゲットにして読むつもりです。すでに注文しました(笑) たぶんよく理解できないでしょうが… ハイデッガー以外にも多数の思想家の名前があったのでいつか読んでみたいとおもいます。


家にひきこもっていたとき、ブッ○オ○で105円で買いあさった様々なジャンルの本があるのでそろそろ調子が良い時に順次読破してやろうと思っています。ただ今は比較的体調がよいのでまだそう思えますが、また落ちた時には気が変わってそうで怖いです…


何がいいたかったというと自明性の喪失は辛い感覚だということにつきます。

それでもその危機と常に向き合う人生の中でなんとか働き、己の能力を社会(地球)のために活かしてみたいと思い、このブログで決意を新たにします。


かなり長文で素人ゆえの誤った情報があるかもしれませんが、最後まで読んでくださった方に心から感謝します。ありがとうございました。

午前中にかつて障がい者職業センターでともに学んだ友人と久しぶりにお茶をしてきましたコーヒー

お互いの近況報告と苦労話をかわしましたが、仲間だからこそ解りあえるという喜びを互いに感じた時間となりました(^∇^)



僕は広汎性発達障害と診断され、二次障害を患っているため障がい者雇用で働いていました。過去形なのは前職を体調面の理由から去年退職し、今再び求職活動をしているからです。



詳しいことはまた追々書かせてもらうとして今回はこのあたりで…


今まで自己表現を避けてきた僕ですが、最近とある同じ障がいをもつバイタリティ溢れる方に出会ったことで世の中にちょっとでも関わってみたいと感じました。


自分なりに蓄積してきた考えや日々の出来事を思うがままにつらつらと書いていきたいと思ってます。


いつかすこしでも多くの人に読んでもらい、社会が少しでもより良く変革することを願って(ちょっと大げさなくらいがちょうどいい!)、さあブログ開始です!!


ちなみに最近不眠ぎみでこんな時間に初執筆です(^_^;)


まずは先生、読んでますか? あなたとの出会いが僕をこのブログへと導きました。感謝してます。いつかまた会いましょう!


ではもう一度睡眠にチャレンジということで記念すべき初執筆を終わります。