誰でも人には気にすることがある。
生き方の選択によって選択しなかったものは、苦手なものとなり、気にすることにもなる。
欠点を気にするということがあれば、欠点は利点の裏返しである。
しょうもない自分の生き方を肯定することも否定することもできない。
ただ人の弱さを感じるから、仏にすがる心は切っても切れないものとなる。
仏道を行く者にとってみれば、弱さが真実に近づくことであり、弱さが癒しでもある。
我々は生かされているとともに逃れられない宿命にも生きている。
時の経過をじっと待ち、与えられた人生を続ける。
我々は人生から何かを教わるために生きているのだろうか。
それとも、人生とは何かを教えるために生きているのだろうか。
あるいは、ただあるがままに生きているのだろうか。
我々の弱さは自我を他と区別して欠点を見つけるところにある。
しかし、それは本来の弱さではない。
欠点を嘆くことではなく、生きていることの弱さを感じられることが癒しとなる。






























































