天気予報に反して、土曜日の午前中だけはなんとか晴れに!

お花見をするにはここしかないというピンポイントな晴れ間だ。

桜桜桜晴れくもり

花粉症は若干弱まった感じ。

桜を見ながらのお弁当会。

若干ジジババくさいかな叫び

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どこから来てどこへ帰るのか。

生きることはそのことを探究することのように思う。

どこから来たのかは知る意味もないかもしれないが、どこへ帰るかを知ることは、人に生きる力を与えるように思う。

人は人生において何らかの役割を果たさなければならないが、そのことによっては本当に大事なことは分からないままだ。

どこへ帰るかは死後のことを言うようにも思える。

しかし、どこへ帰るかは、予め定まったような無の世界へ帰ると言うのではなく、生きているうちに定められていく意識のあり方を言うのだと思う。

世間の煩悩と邪見とに振り回される役割の中に、一体何の真理を見ることができると言えようか。

役割を担いつつもどこへ帰るかを定めていく生き方が問われる。

どこへ帰るかは、自分だけにしか定められないことである。

周りから定められてしまう役割とは違う。

それは真に宗教的な意味の愛とでも言える想念である。
あとは、アルプス公園と松本城。

あいにくの曇りで、午後から雨が降ってきた雨

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松本城は30分待ちで、中を見るのは断念爆弾

桜が咲いていない松本城はどこか寂しい。

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これは旧開智学校。
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土日に信州善光寺に行って来た車
ご開帳前となったのは、子供が中学生になる前に、東横インのツインルームを利用するためだ!

ほとんど一人分の料金で4人泊まるみたいな安さだ¥

これが最後の激安宿泊旅行ベル

さて、善光寺はご開帳前でも結構な人だったにゃーわんわんパンダブタブタネコネコウサギ宇宙人

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山門からの写真
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山門
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仁王門
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実はイチゴ狩りに行って、食べまくった後での善光寺だった。

これは、イチゴじゃなくて、なぜか蜜蜂を撮った写真カメラ

子供に撮れと言われてハチ

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イチゴは大粒の章姫がいっぱいあったなっしーアップ
毎日毎日、生きるために同じ仕事を繰り返すことに何の意味があろうか。

顧客のため、生活のため、稼ぐため、能力を付けるため、人間形成のため、いろいろな建前はあるが、あくまでも建前にすぎない。

生きる意味を持つため、自分に価値を持たせるため、とも言えるが、本当にそうであろうか。

意識を向上させるために社会は準備されている。

人は自らの意思で働くことも働かないことも選択できる。

働くことの建前は、自らの精神性を鍛えることにある。

働くことの本音は、稼ぐことにある。

実際には、ボランティアを除いて、稼ぐこと以外に働くことの意味は残されていない。

稼ぐこと以上に高尚な仕事がある訳でもなく、結局は生活のため又は自分の楽しみのために稼ぐだけのことである。

働くことは、自分さえ良ければ良いということと、ほとんど変わらない。

随分と低空飛行しているようにも思える。

だが、稼ぐことを止めれば、低空飛行すらできない。

狭い視野で同じことを繰り返し続けることが人の生き方のようである。

嘆くことはない。

ありもしない人の価値などを考える必要はない。

それよりも、意識を向上させるために、楽しみ、演出すれば良い。

宇宙人星空UFOはてなマークはてなマーク
何もなく終わっていくのは寂しいことのように思えるが、実は幸せである。

仕事は、何かあるよりも、何もないことの方が良いことが多い。

何かあるというときは問題があるということが多いからだ。

生きることの実感は仕事にはないから、問題なく終わらせることがいかにも重要になる。

我々は仕事という行為に身を捧げなければ生きていけない。

仕事はある種の喜びを作るがそれ以上の喜びは作らない。

趣味や遊びのためにも仕事を続けなければならない。

他人を助けること、働けることの有り難さだけに注目できれば、どんな環境にあろうと、どんなことであろうと続けることはできる。

人は生きるために窮屈な箱の中に入っていなければならない。

窮屈な箱を出たと思ったら、さらに別の箱の中に入ることになる。

せめて窮屈な箱の中にいることを楽しむ方がいい!?カエル波
生きていて感謝しなければならないことは多いのに、怒ることばかりに気がいってしまうのが人だ。

確かに人の社会は理不尽な感じもして醜い。

醜い中に生きるからもちろん自分も醜いが、それを怒りにするか感謝に変えるかでは雲泥の差がある。

醜いところにばかり目がいってしまう。

感謝に変えるには目をつぶることが必要だが、目を開けたままでいないと感謝する意味がなくなる。

あくまでも現実に感謝するのであって、現実ではない何かに感謝するのではないからだ。

感謝することは簡単である。

生きていること、食べていられることに感謝すればいいだけである。

醜い誰か、あるいは醜い自分に感謝することは難しい。

感謝は必ずしも言葉に出す必要はない。

思うだけでも十分である。

思っていれば知らずと態度に現れてくるからだ。

怒ることに気を取られていると、そのはけ口がなくなって自分を苦しめることになる。

怒りは麻酔のように浸透して広がり、生きる意味を失わせる。爆弾

生きる意味は怒りにはなく、感謝にあるのだから。虹
誰しも何らかの生きづらさは感じている。

その生きづらさは誰かのせいだと思っている。

その誰かさえ変われば良くなると思っている。

他人のせいだと思うのは人の定めである。

人は社会的に生きるために原因を探り、原因を取り除こうとする。

人は社会的に生きるために多くの犠牲を払う。

生きづらさの原因を作る誰かもまた、生きづらさを感じている。

違うのは、それを表に出すか出さないかの違いだけであり、自覚しているかしていないかの違いだけである。

社会的であることが、どうして社会的であることを拒む生きづらさを作るのか。

人にとっての社会とは何か。

生産的に、前向きに、同調して、反発しない背景になることが社会的であると言えるのか。

絵になるものが排除される環境は人にとって社会的であると言えるのか。

一方、一人一人違う考え方を持つことが許されない環境が果たして個人的であると言えようか。

個人的であることを通り過ぎて、孤立的であるように促進されているかのようだ。

転職率の高さからも伺えるように、人は孤立的であることに耐えられず新天地を求める。

孤立的であっても孤立的にならない工夫をする者だけが同じ場所に留まることができる。

夜の街携帯時計ヘッドフォンパソコンロボット手裏剣
人は自分の立ち位置をいつも気にしている。

他人との関係のために、自分自身の安定のために。

立ち位置は、他人との関係を良く保ち、自分の気持ちを良く保つように定める。

立ち位置があるから居場所があると考えることもある。

しかし、立ち位置には得てして望み通りにならないことが多い。

本当の立ち位置はもっと別のところにあると思うことが少なくない。

そのように思うときには、立ち位置が障壁となり、人を戸惑わせる。

だから人は立ち位置に納得しながら生きていく。

そのような納得がなければ苦しむだけである。

本当は何の立ち位置もない方が自然で健全である。

立ち位置によって拘束され、自分を見失うからだ。

だが、自分を見失わないためにも立ち位置を再確認する。

そんな風にいつまでも繰り返される。天使くもりオバケ雨天使ヒマワリオバケ手裏剣
どうして人は昨日に生きる。

今日が嫌になってしまうことも、昨日の記憶に基づくからに違いない。

昨日はこう感じたから今日もそう感じるだろうと思う憶測の仕業だ。

昨日に基づかず、過去に基づかずにいられたら、今日が嫌と思うことはない。

日々が違うことになり、日々が違う人間であると感じられたら、嫌なことは消滅する。

日々の行動を変えることは難しく、変えられるのは日々の受け止め方だけである。

嫌なことは少なくないだろうが、好きなことも少なくないはずだ。

好きなことを想像しながら嫌なことに取り組めば良い。

結局は好きなことにしか感謝する気持ちも生まれず、嫌なことは意識するほど余計に嫌になる。

誰かが助けてくれると想像するのが良い。

助けてくれない誰かを想像しない方が良い。

助けてくれると想像して、助けることを想像するのが良い。

想像することは現実と強く結びついている。クローバーパンダクローバー