3月11日に東北関東を襲った大地震。
地震発生当時、私は日本棋院にいました。
めまいをおこしたかな~・・・
なんて思ってると激しい揺れが起きた。
2階にある売店では色んなものが落下した。
対局室からはパニックを起こした老人たちが逃げてくる。
動揺してるのはわかるけど、激しく揺れてるガラスケースに近づいたり
自動販売機の側に寄ったり、エレベーター使おうとしたり・・・
さすがにびっくりしてそんな老人たちを制止した。
多くの人が立ってられなかったと言っていたけど
私は売店の前で立ち尽くしていた。
もっと揺れが激しくなるかもと構えていたけど
そのまま数分同じ強さの揺れが続いて収まった。
すぐに一階に避難するように言われた。
下に降りると多くの人が集まっていた。
「震度5強だとよ。」
誰かがそう言うのが聞こえた。
そして、宮城では震度7だって。
ふと一階にあるテレビを見ると
車や船が流されている映像があった。
津波だ。
すごいことになってる。
さっきから余震も続いている。
今日はもう帰宅できないかもしれない。
公衆電話の長蛇の列に並ぶ気がしなかったので
なかなか繋がらない携帯でもなんとか親と連絡を取った。
自宅周辺は停電と断水でゴーストタウンと化してるとのこと。
今日は帰ってこないほうがいいと言われた。
そうか。慌ててもしょうがないので
棋院の人が開けてくれた一階の対局室で
友達と囲碁を打ちながら今夜どうするべきかを考えた。
しばらくして現時点で今日中に電車が走る見込みはないと言われた。
どこか寝るところを探さないといけない。
漫画喫茶やホテル、カラオケなんかはもういっぱいだろうから
誰か近くに住んでる友人の家に泊めてもらうのが一番かも。
でもなかなか連絡が取れない。
とりあえず、棋院の一階はしばらく開けてくれるみたいなので
友達とコンビニに寄って必要なものを購入し、それからご飯を食べに行った。
コンビニはほとんど何も残っていなかった。
お店はビールサーバーが壊れたりして
出せないお酒も数多くあった。
こんな時に別に酒なんて・・・
食事ができるだけもありがたい。
そう思ってると、相席してきた女性二人が
ビールを頼み、店員が出せない旨を説明すると
不機嫌になりながら店を去って行った。
緊急事態なのに・・・。
こういう人もいるんだな。
食事もそろそろ終わろうかという頃
教室の先生から電話があった。
教室においでと誘われ、友達と二人で向かう。
テレビの報道で、今回の地震と津波の惨状を知る。
人や動いてる車が津波に飲み込まれていく。
のどかな田園風景が壊されていく。
大変なことになった。
親戚がみんな宮城だからすごく心配。
でも当然電話はつながらないし
誰も災害用伝言板など使っていないので役に立たない。
テレビに映るのは同じ映像ばかり。
津波の被害に合った別の地域も映して欲しい。
気が付くともう日付が変わっていた。
私鉄は運転再開しているらしい。
帰れるものなら帰りたいけど、停電のせいで
家族と一切の連絡が取れず帰るに帰れない。
明かりが全くない中を一人で帰るのも危険。
とりあえず、電気が復旧するのを待った。
気仙沼が火の海になっている。
信じられない。
まるで地獄絵図のような、映画のワンシーンのような。
しばらくして親から電話があった。
電気と水道が復旧したとのこと。
これでようやく帰れる。
しかし電車も一駅ごとに数分間停車するのでなかなか前に進まない。
時間だけがどんどん過ぎていく。
やっとのことで帰宅したのは午前2時半頃。
親が親戚にメールやら電話で連絡を取っていた。
何人かは無事なのがわかったけど、何人かは親戚同士でも連絡が取れてないみたい。
一部連絡が取れないこと、そしてこれまで何度も起こる余震。
色々不安なことはたくさんあるけど、明日は仕事があるし
少しでも寝ておかないといけない。
本当に長い一日だった。





また行きたいな