私は、今引越しのトラックを見送ったところだ。

 1週間前に父さんの話を風呂で盗み聞きした後、私は父さんに御鷹村への引っ越しの話を持ちかけられた。

 私はそれに、二つ返事で答え、引越しが完全に決まった。

 それから、さっさと荷物をまとめてしまい、気がつけば運送会社のトラックがその荷物を持って行っていってしまっていた。

 私たちの引越しに合わせて千里も御鷹村の近くの馬森市立病院に転院になるそうだ。

 結局、私は父さんに自分から御鷹に行きたいと言わなかった。まあ、言う前にこんなことが決まっていたわけだから、私の思い悩んだ時間は実に無駄だったということだ。

 こんなにも、淡々と物事が進んでしまったのは何か怖いものがあった。

 

 今は、午前10時過ぎ。

 出発は午後1時頃だと父さんは言っていた。

 私は、今から行かなければいけない場所がある。

 今、私はそこに向かっている最中だ。

 自転車はトラックに乗せてしまったから、歩いて向かっている。

 10分ほど歩くと、目的地に到着した。

 そこは、家から少し離れたところにある緑地公園だ。

 木が公園をぐるりと囲むように植えられていて、道路からは中の様子はよくわからないくらいだ。

 そんな緑地公園に入っていと、そこには1人の人間がいた。

 見覚えのある制服に身を包んだ、少女が立っていた。

「杏璃ちゃん、ここまでお疲れ様」

「えぇ。自転車は積み込んじゃったから、徒歩でここまで来たわ」

 そう、宮野だ。

「それで? わざわざ呼び出しておいて、何かしら?」

 宮野はうふふと笑いながら私に近づいてくる。

 私は少しずつ後ずさりをする。

「どうしたの? あら? まだ10月なのに、上着なんていらないんじゃなぁい?」

「あっ……」

 宮野は私の上着のポケットに手を突っ込む。

「こんなの持ってきて、どうするつもりだったの? うふふっ、これは銃刀法違反じゃないかしら?」

 宮野が小型のナイフをちらつかせる。

 あれは、私の上着のポケットに入っていたものだ。

「くっ……それは……、護身用よ」

 我ながら実に苦しい言い訳だ。

「うふふっ、この平和な世の中に、ナイフなんか持ってる方が危ないんじゃない?」

 宮野は私のナイフを草の茂みに投げ捨てる。

「殺される準備はしとけって言ったでしょ?」

「そんなことも言ってたわね。でも、そんなのエレガントじゃないわよ?」

 宮野はまだ笑みを浮かべている。

 私は、今日ここで、宮野を殺すか、傷つけるつもりでいた。

「もっと、エレガントな殺し方を思いつかないのかしらねえ。うふふっ……」

 宮野は笑ったまま私にどんどん近付いてくる。

 まるで、お面をかぶっているかのように表情が変わらない。

 その時、私は足がすくんで動けなかった。

「杏璃ちゃんは、私のお友達だから、殺さないで上げる」

「え……」

 首筋にドンッという衝撃が走った。

 何が私の首筋にあたったのか確認しようと体をひねると同時に私の体が地面に倒れていった。

 人間の本能的に受け身を取る私が視界に捉えたのは、……あれは……何?

 あれ、そうだ……スタンガンだ……。

 でも、こんなに威力あるものなの?

「すごいでしょう? うふふ、これ威力上げるの頑張ったんだから」

 宮野が去っていくのが地面に倒れた私の目に映る。

 少しずつ視界が狭くなっていく。

 そっか、改造スタンガンってやつか……。

 どんどん私の意識が遠ざかっていく。

「ちょっと、お休みしててね。私、あなたに邪魔されたくないの」

 私の手が空を掴もうとするけれど、掴めず、そこで目の前が真っ暗になった。






 ん……。

 私は少しずつ目を開ける。

 まだ青空が広がっている。

 公園の古ぼけた時計に目をやると、時計は11時過ぎを指していた。

 なんだ……、もっと時間が経っているのかと思ってたのに。

 私は重い体を起こす。すると秋風が私の頬を撫でる。

 ……宮野は、一体どこに行ったんだろう。

 まぁ、いいや。

 そう思い、私が公園を抜けようとすると、公園の入り口のベンチに人影が見えた。

 ……宮野だ。

「……杏璃ちゃん、ごめんなさい」

 私は宮野の口から出た思いもよらない言葉に戸惑う。

 私はその場に立ちすくむ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、お願い……お願いだから、私を許して……ううっ……」

 宮野はその場に泣き崩れる。

 そして、少しずつ私に這い寄ってくる。

 私はどうすればいいのかわからず、少しずつ後ずさりをしていた。

 何……? 何なの? いきなり……。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 私は何か怖くなり、公園から走って出た。

 何なの? 何に謝っているの?

 私が気を失っていた間に、宮野に私に関する何かが起こったのだろうか。

 分らない……。

 全然わからない……。

 私はただがむしゃらに宮野から逃げるように走るだけだった。

 


 どうして?

 なんで私に謝るの?

 わけがわからない……。

 私は御鷹に向かう車内で、宮野のあの姿が頭の中をぐるぐると回って、そればかり考えていた。

 父さんは運転中に話があまりできないため、私たちは無言の時間を過ごした。

 ただ変わっていく景色を、ぼーっと眺めているとどんどん時間が過ぎていった。

 

   「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 耳に残る、宮野の口から出た最後の言葉。

 どうして……謝るの?

 千里のこと?

 今さら、どうして……。

 今日になってなんで……?

 分らない。

 全然わからない……。

 あの場に、もう少しいればよかったのかな?

 あの後、宮野はどうしたのだろう。

 考えれば考えるほどに、そんな後悔や不安が募っていく。

 ……もしかしたら、いつもの演技で、私をからかって遊んでいたのかもしれない。

 そうだよ、きっとそう。

 そういうことに……していいよね?

 ……もう、このことは考えない。

 考えたって時間の無駄。

 私には一生かかっても、宮野の心なんて読みとれない。

 そうだよ、そういうことにしよう。

 


        「ごめんなさい」



 この時の私は、この言葉をこれからの日々でどれほど耳にするのか知らなかった。

 この言葉が、どんなに悲しい言葉なのか知らなかった。

 この言葉が、口にする人間にとってどんなに重い言葉なんて知らなかった。

 

 ―――こんな愚かな私を、どうか許してください。




                               カケラクズシ ―完―

 カケラクズシ15話更新しました☆

 あと1話で、カケラクズシ完結予定です。

 続編に続くことになると思います。


 読んでいっていただけると、嬉しいです!



午後7時48分



 私と父さんは病室の前に立っていた。

 今までのような躊躇など無く、ガラリとドアを開けると、中には白衣を着た医者がニコニコと笑って立っていた。

 ……なんで笑っているんだろう。

 私のそんな疑問はすぐに晴れた。

 千里が目覚めていた。

「え、嘘……だよね?」

 私は目を見開く。

 そんなに早く目を覚ましていいものなの?

 だって、よく漫画や小説なんかであるじゃない? 事故で1年以上も眠ったままになった彼氏をその彼女が傍で語りかけたりして……、気がつくと目を覚まして……。

 でも、現実はこうなんだ。

 いや、むしろ昨日目覚めても良かったくらいなのかもしれない。

 今日が遅いくらいだったのかもしれない。

 そうだ、そうだよ。

 私は自分にそう言い聞かせる。

 そうだ、これが現実。

 私は考えすぎてたんだ。

「千里っ……!」

 私は千里に駆け寄る。

「……えっと、ごめん。誰……?」

「え……?」

 私は千里が一瞬何を言ったのかわからなかった。

 ううん。言ったことを認めたくなかった、の方が正しいのかもしれない。


 ……エット、ゴメン。ダレ……?



 ダレ……?



 

 ダレ……?



 私の頭の中をぐるぐるとその言葉が巡る。

「嘘だよね? やめてよ、こんな時にそんな冗談……」

 私は笑おうとする。しかし、笑えない。

 よくあるじゃない?

 目を覚ましたら、記憶を失っていて……。

 そんな悪い考えが私の頭の中を巡る。

「笑えないよ……。こんなの、全然笑えない……」

 私は床に座り込む。

 涙があふれているのがわかる。

「父さん、先生と話をするから、少し待っていてくれ」

 そう言い、父さんは私と千里を置いてここから出ていく。

 すると、千里が急に笑い出して、こう言った。

「……ははは、ちょっとからかっただけだよ」

 千里の手が私の頭を撫でる。

 何故か、涙があふれてくる。

 言い返す言葉もたくさん思いつくのに、どうしてなのか言い返せなかった。

「そ、そんなに泣かなくてもいいだろ?」

 千里は困ったような顔で、私の頭を撫でている。

「よかった……。ホントによかった……」

 私は知らないうちに千里に抱きついていた。

 こんなの何年ぶりかはわからない。

 でも、1日ぶりに目を覚ました弟が何か愛おしかった。

「ちょっ、やめっ……」

 千里はそう言いながらも笑っていた。

 夢みたい。

 いつものように、千里が傍にいる。

 こんなに、こんなにうまくいっていいのかな?って不安になるくらいだ。

 でも、夢じゃない。

 私の頭を撫でている掌は、紛れもない千里の掌だ。

 あたたかい……。

 じゃれあっていると、千里が口を開いた。

「退院は、ちょっと先になるかもしれない」

「え?」

「あぁ……足が骨折してるから、リハビリなんかも必要らしいんだ。だから、すぐは退院できない」

「いつごろになるの?」

「んー……俺の頑張り次第かなぁ」

 千里はそう言い、はははと笑う。

 私もそれにつられて笑う。

「杏璃、そろそろ帰らないと、病院の方にも色々と都合があるからな。帰るぞ」

 父さんがドアから顔をのぞいて言った。

「また明日でも来たらいい」

 父さんの横では医者が微笑んでいた。

 ……そうだよね。私たちには明日があるんだもん。また、明日。

「うん。……じゃあね、千里……」

「じゃあね、……杏璃」

 千里は手を振って私と父さんを見送った。

 “また、明日。”

 どうしたわけか、最後にこの言葉が出なかった。

 明日に不安が募っていく。

 本当は……本当はこれは現実に巧妙に似せた夢で、明日起きたらまだ今日と同じ世界が広がっているんじゃないのかって。

 そんなことあるわけないのに、不安で私はその一言が言えなかった。

「杏璃、外で食べていくか」

 私と父さんは近くのファミレスに寄り、そこでたわいもない会話をしながら食事をした。


午後9時28分


 食事の後、買い物をしていたら帰った時にはとっくに9時を過ぎていた。

 それから風呂を洗うのも面倒だったのでシャワーを浴びることにした。

 私が先にシャワーを浴びることにし、浴室に入る。

 すると、入ってすぐにプルルッという電話の呼び出し音がきこえた。それはすぐに止まったので、父さんが取ったか、いたずら電話か、かけ間違いかのどれかだろう。

 その答えはすぐに分かった。父さんの声が少し聞こえたからだ。

 浴室の壁の向こう側に、壁にひっつけて電話が置いてある。

「……はい。転院は馬森市の市立病院でお願いします。……まあ、はい」

 父さんの声ははっきりと浴室まで聞こえていた。

 浴室に響くほどではないが、話の内容がわかるほどの音量だった。

「えぇ、はい。転院が千里にとっても、良いのではないかと……」

 千里……?

 転院……?

 何それ?

 馬森市の市立病院に転院ってこと?

 馬森市って……そうだ、御鷹村のある街だ。

 なんで転院なんか……。

「えぇ、まあ……そうですね。やはり、この街にいるのも……ね」

 それからしばらく沈黙が流れた。

「はい。こちらも、引越しの準備はしますので、そちらの方もお願いします」

 それから、電話は切れた。

 何? どういうこと?

 千里が馬森市の市立病院に転院して、父さんは引越し?

 私の少ない脳細胞では、どうも理解できない。

 私はただそのことを考えながら、髪と体を洗うのだった。