私は、帰ってから引っ越しの片づけをしていると、1つのアルバムを見つけた。

 それは、某人気キャラクターの絵が描かれていたりするものではなく、藍色の無地のアルバムだ。

 私はそれを開いてみると、「杏璃と千里の成長アルバム」と、何のひねりもないタイトルがかかれてあった。

 これを書いたのが母さんなのか父さんなのかはよくわからないけれど、私の親が書いたであろうことはアルバムという存在が示している。

 その中の一番はじめの写真は、生物学上の違いしかないそっくりな2人の赤ん坊が並んでいるものだった。

 私自身も、この白黒の写真ではどちらがどちらかはわからない。

 何枚かページをめくると、「杏璃・千里5歳。御鷹にて」と書かれた小さな紙と一緒に3枚の写真が貼り付けてあった。もう5歳なのか、もうちょっと写真撮れよ、なんて思ったけれど、そんな考えがかき消されるようにその写真に私の目はくぎ付けになった。

 いや、その写真は無いのだ。綺麗に剥がした跡が残っていただけだ。

 そして私はそれを見てしまった。

 そこにあったであろう1枚の写真は、多分周りにある他の写真と似ているのであろうと推測できるが、それがどうして剥がされたのかが分らない。

 周りにある写真は、神社の境内で私と千里を写したものだった。

 神社の境内に提灯や、出店が写っていることからその写真は、祭の風景だと推測できる。

 また、1枚の写真に写っている「御鷹神社」と書かれた旗が、その写真が撮影された場所が御鷹であることを、私に確信させた。

 今、私がわかることは、このくらいだと思う。

 これ以上は、何もわからない。

 何故、1枚のここにあるはずの写真だけがここに存在しないのか。

 それを私が知るのは、もっと先のことだった。


 








―――――――――――――――――――――――――――……




 ……ほら、また近づいてきた。

 君は、一体何なんだ?


「……殺してしまったのか?」


 僕は、長い間ずっと見てきたその子に、初めて声をかけてみた。

 深く黒い布をかぶったその子の肩がビクッと上がったのがわかった。

 黒い布から覗く金色の髪は、まるで絹糸のようにも見える。


「……違う」


 少女は口を開いた。

 低すぎることも高すぎることもない、聞き取りやすい声だった。


「私は、殺したくなかった。私は、殺してはいけなかった」


 少女は一体誰に話しかけているのだろう。

 僕ではないことは確かだ。


「私は、守れなかった」


 少女は、僕が何度も見た刃物にべっとりとついた血を、指でなぞった。

 その刃物が、大きな槍のようなものであることを僕は今知った。あくまでも「槍の“ようなもの”」だ。たしかこれは、両鎌槍というやつだ。ただ、僕が本で見たものとは形状が一致しない。刃物の部分が妙に太い。その太さに鎌部分も比例して太い。こんなもので一突きされたら、生きてはいられないだろう。

 少女は、この槍で誰かを殺したのだと推測できる。


「何を……守れなかったんだ?」

 

 僕は、少女の言葉は自分に語りかけている言葉ではないとわかりながらも、そう言ってしまった。


「……それは、あなたには言えない」


 僕の方を向いてそう言った。

 僕は、少女が自分の言葉に答えてくれたことに、少し驚いてしまった。


「あなたは、まだ知る権利を持っていない」


 少女は淡々とした口調で言った。

 そして、両手で横向きに持っていた槍を、シャンッという鈴の音を響かせ、立てた。

 その鈴の音から、槍の刃物と柄の境目に赤いリボンと金色の鈴が付いていることを、初めて認識した。槍の形状の不思議さに捕らわれるがあまり、僕はその派手な存在感を示すものに全く気付いていなかったのだ。このことには、苦笑してしまう。

 少女はその槍を僕の喉の方につきつけた。あと2cm近かったら、僕の首から血が噴き出しているところだろう。


「あくまでも、“まだ“よ」


 槍を僕につきつけてそう言った時、少女の頬が少し上がった気がした。

 そして、少女の含み笑いがしたと思うと、もうそこには少女も槍も存在せず、ただの暗闇になっていた。

 

 すると、突っ張っていた紐が切れたように、僕の意識は途切れた。



……―――――――――――――――――――――――――――




 


約1ヶ月ぶりの更新ですね、はい。

テストやら体育祭やらでPCになかなか迎えていない状態でしたが、無事、第3話を5月中に仕上げることができました★


これからもこんなことがあるかと思いますが、あたたかく見守ってやっていただけると幸いです。



 私は、千里の病院を後にし、バスに揺られていた。

 バスの中は、行きと同様に乗客が私以外に数人しかいない。

 御鷹への道は舗装が行きとどいていないらしく、車内がかなり揺れる。

 外の風景も緑が続いているだけだ。

 そんなバスからの風景だが、見ていて飽きなかった。

 何故だかはよくわからないけれど、私はずっと外を眺めていた。

 そうしていると、いつの間にか御鷹に着いていて、私は急いでバスから降りた。

 さっきと何も変わらない風景が広がっていた。

 ぼーっとしていると、バスは見えなくなっていた。

 私がうろうろとしていると、見覚えのある男の子が視界に入った。

 確か……悠磨くんだ。

 あの和服姿には覚えがある。

 悠磨くんは、さっきは見せなかったような可愛らしい笑顔で大柄な男の人と話していた。

「あ、杏璃じゃん」

「へ? あ、巫礼ちゃん」

 そんな私に急に声を掛けてきたのは、巫礼ちゃんだった。

「この村狭いからねぇ。すぐ知り合いに会っちゃうんだよね。あ、私んちこの近くなんだ。寄ってかない?」

 私は巫礼ちゃんの急な誘いに戸惑いながらも、その言葉にうなずいた。

 そして、私から視線を離し、悠磨くんを視界にとらえたようだ。

「悠磨じゃん。あれ、私の兄貴なんだ。悠磨がやたら慕ってんのよねー」

「そうなんだ。なんか悠磨くん、さっきと雰囲気違うね」

「可愛いでしょ? あの悠磨。普段はクールなカタブツだけど、兄貴の前だと妙に甘えてんのよね」

「悠磨くんは、兄弟とかいないの?」

「いるよ。妹が一人。また性格キツい妹でさぁ、私もよく叱られちゃったりするんだよねー」

 巫礼ちゃんは悠磨くんの妹のことを思い出したのか、すごく嫌そうな顔をする。

 そんなに凄い妹なのかな……。

「悠磨さ、昔は私たちの前でも、あんなのだったんだよ。生真面目なのは昔からだけど、もっと私にも甘えてきてたしね。あん時は可愛かったのにさ、今じゃあれだよ? 反抗期ってやつー?」

 巫礼ちゃんはとても優しい顔をしていた。

 今も昔も巫礼ちゃんは、悠磨くんのことを見守ってるんだなと思う。

 ぼーっとそんなことを考えていると、急に軽トラックが私たちの目の前に止まった。

「こら、巫礼。何油売ってんのさ!」

 軽トラックから、着物姿の女の人が顔を出してそう言った。

「うわっ……お、お母さん!」

 巫礼ちゃんの顔が引きつる。

「岩崎さんちに届け物するだけで、どうしてこんなに時間がかかるんだい?」

「えっと、それは……」

「まぁ、それは今はいいよ。とりあえず、ほら、乗りな! お客さんが来てるんだよ。あんたへね」

「何それ!? 聞いてないよ~」

「さっさとしな! お客さんを待たせる気かい?」

「あー、わかったって。それじゃ、杏璃、ごめんね。また今度、遊びに来てよ」

 巫礼ちゃんは手を合わせ、私に頭を下げると、お母さんの気迫に押されるように軽トラックの助手席に向かう。

 すると、お母さんの視線が私に向いた。

「あぁ、森口医院の娘さん?」

「え? あ、そうです」

 私は急な質問に少し戸惑いながら答えた。

「うちの婆さんが世話になると思うからさ、これからよろしくって伝えといてよ」

 そして、じゃあね、と手を振り、軽トラックが走りだした。

 結構私、有名人なのかな、と思ってしまう。

 まぁ、こんな小さな村ではすぐに有名になってしまうのかもしれない。

 私がそんな考察をしていると、悠磨くんと目が合ってしまった。

 彼は、予想通りの反応といわんばかりに、頬を真っ赤にして大柄な男性を残して走り去ってしまった。

 そんな彼の姿をニコニコしながら眺めていた男性の視線が私に向いた。そして、おおっという感じの顔をして私の方に歩み寄ってきた。

 その男性は、遠目でも大柄だと思ったが、近くで見ても大きく、迫力があった。

「例の病院の娘さんか。可愛いなぁ」

「はっ……はぁ?」

 私は思いもよらない大男からの言葉に、すっとんきょんな声をあげる。

 何なの? この人。

 巫礼ちゃんのお兄さんだよね?

「ナンパの現行犯で逮捕じゃ~っ!」

 私が唖然としていると、威勢のいい声とともに赤い自転車が大男にぶつかった。

 私はその声の主兼自転車の持ち主の顔に目をやると、知った顔だった。

 小夜か、深夜。

 こうして来られると、どっちなのかわからない。

 あの時は、あまり気にならなかったけれど、小夜と深夜は双子のように瓜二つのようだ。

「ナンパは犯罪じゃねーよ!」

 大男は自転車が当たったであろう背中をさすりながら、大声で自転車の持ち主を怒鳴った。

「えへへ、まぁ小さいことは気にしない気にしない」

「俺のこの行為も、お前の間違いと似たようなもんだろ」

「いや、ナンパは御鷹では犯罪だよ~? 条例だっけ? まぁ、それで定められてるからね」

「そんなの初めて聞いたよ!」

 大男はビシッと人差し指を立てて、その指を金崎姉妹のどちらかである少女に向ける。

 その反応を見てあははと少女が笑う。

「で、お前小夜……だよな?」

「えへへ、どうかなぁ?」

 ニッと少女の唇が上がる。

 その少女の挑戦的な態度に、大男はピクッと顔をひきつらせた。

 多分、どちらかという答えは分らないのだと思う。

「あははっ、その顔! みっちゃんとそっくり! あははははっ」

「黙ってろ! この糞ガキ! やっぱり小夜だろ!」

「あはははっ! 正解正解っ! おめでとーっ!」

 大男は、彼の反応を見て笑い転げる少女……いや、小夜を追いかけまわす。

 小夜はその反応も、「みっちゃんとそっくり!」と言いながら笑い転げていた。

 追いかけまわすのに疲れた様子の大男は、小夜を追いかけまわすのをやめて私の方を向いた。

「ふう……自己紹介が遅れたな。俺は、尽蓮俊彦。巫礼の兄だな」

「ちなみに25歳。俊ちゃんも、もうオッサンだよね~」

「黙ってろ、このチビ」

 ポカリと俊彦さんが、小夜の頭を叩く。

 25歳か……。巫礼ちゃんとは結構年が離れてるんだな。

「あ、私は森口杏璃です」

 私は自分の自己紹介をしていないことに気付き、慌てて名前を言った。

「杏璃ちゃんか。あれ?……ん、いや、何でもない」

 俊彦さんは何か言おうとしたようだが、口をつぐんでしまった。

 何なんだろう?

 少し気になるけれど、突っ込まない方が良いような気がして、私は何も言わなかった。

「そろそろ、俺は帰るよ。あんまりこの糞ガキと一緒にいたくないしな」

「杏ちゃんを糞ガキ呼ばわりなんて、このオッサン最低だね」

「お前のことだ! 金崎小夜!」

 俊彦さんは、小夜の額に軽くデコピンをした。

 そして、2人は再びたわいもない会話のやり取りをして、少ししてから俊彦さんは歩いていった。

「……ほいじゃ、私もおつかいの途中だから帰るねっ。バイビーっ!」

 と、小夜は自転車に乗って、どこかに行ってしまった。

 取り残された私は、静かな農村の舗装されていない道をのんびり歩きながら家に向かった。