ゆっくりと目を開くと、僕は芝生の上に横になっていた。

 目の前に広がるのは漆黒の夜空。そして僕は、暗闇に包まれたここがどこなのかを寝ころんだまま首を動かして確認する。近くにある建物から漏れている光が、周辺を照らしていることに気付くと、ここがどこであるかの想像は容易だった。

 ここは、僕の通う中学校の中庭だ。そして、漏れている光は職員室のものだろう。

 どうしてこんな所で寝転がっているのか、これは誰もが持つ疑問だろう。それは僕も同じで、自分の置かれている状況を理解出来ないでいる。自分で寝転がったのだろうが、何故自分がこんな所でこんなことをしているのかが分らない。

 とりあえず、こんな姿を担任にでも見られたら親に通報は間違いないだろうから、僕は体を起こし、職員室にいる教師たちに気付かれないように校門に走る。

 僕が無事に校門の近くに辿り着くと、門は閉まっていた。そんなにも遅い時間なのだろうかと思い、僕は家路を急いだ。

 十分ほどで家に着き、急いで玄関のドアを開けようとするが、鍵がかかっているらしく開かない。母が閉め出すほどだから、相当遅いのだろうかと思い、僕は自分の部屋のある方に、こっそりと音を立てないように向かった。

 僕の部屋は一階にあるため、窓さえ開いていれば、よじのぼって中に入ることができる。その問題の窓を見ると、網戸にもなっていない。つまり、全開だ。中に入ることができることが分かった僕は、窓の桟に手をかけて足を家の外壁に踏ん張らせ、音を立てないように窓によじ登る。そして、静かに部屋の床に足を着ける。暗闇の中の部屋時計の針に目を凝らすと、その針は八時過ぎを指していることが分かった。部活をしていれば、そんなに遅い時間でもないのだが、部活を引退した今では遅いのだ。

 とりあえず、母に早めに謝っておくべきだと判断した僕は、和室の明かりに足を向ける。僕の家は、昔ながらの日本家屋のため、家族団らんは、いつも和室なのだ。きっと、いつも帰りの遅い父と、いつまでも帰ってこない息子をテレビでも見ながら待っているのだろう。僕は、塾に自習をしに行って、帰りが遅くなる時がたまにある。だから、いつもは連絡を入れる息子が、うっかり今日は入れ忘れている、そう思って少し心配の念を募らせながらも待っているのだろうか。それとも、どこをほっつき歩いているのかと呆れているのだろうか。まぁ、どちらでもいい。できれば前者の方が僕としては、お説教が短くなりそうで良いのだが、どちらにしても、ここに普通にいるということは、そこまで心配しているわけでは無いのだろう。

 そんな色々な考えを巡らせながら、戸が開けっぱなし和室の中を見ると、そこには珍しく早く帰ってきたらしい父に寄り添って泣いている母の姿があった。そんなに心配させてしまったのだろうか、と僕は焦り、母に歩み寄る。けれど、母はそんな僕には気付かず、泣き続けている。父も、僕には気付いていないようだ。もしかすると、怒っているのだろうか? 僕の帰りが遅かったことに対して、存在を無視するほど怒り狂っているのだろうか? そして、怒りと呆れで、母は泣き崩れているのだろうか?

 「ごめんなさい」と、とりあえず謝るが、それも無視される。そこまで怒らなくても……と思いながら、ふと横を見ると、そこには白い布団に寝かされた少年が眠っていた。一瞬、誰かと思ったが、その正体はすぐに分かった。これは、僕だ。そして、これは眠っているのではなく、死んでいるのだ。散々母に縁起が悪いと言われた、北枕でこいつは眠っている。それは、死んだ人が、寝るときだけするものだと幼いころ祖母にも言われた。

 つまり、ここで寝ている少年は、死んでいる僕。そして、ここで傍観している僕は、幽霊といったところだろう。

 そう思うと、芝生で寝ころぶまでの記憶が鮮明に蘇ってくる。

 僕は、放課後に級友とふざけて立ち入り禁止の屋上に遊びに行ったのだ。そして、柵の無い崖っぷちでふざけていると僕の足場のコンクリートが崩れて、僕だけが中庭に落下していったのだ。その後の記憶は無いが、救急車が来て、病院に運ばれたが死亡を確認。そんなところだろう。

 僕はデジタル電波時計の日付に目をやる。それは、僕が死んだ日の二日後の日付を表示していた。その日付から、幽霊の僕は二日ほどあそこで寝ころんでいたということだと考えられる。

「どうして、どうしてこの子だけが死ななくちゃいけないの? 他にも悪いことをした子はいたのでしょう?」

 母の震えながら発する言葉に、父は何も言えなかった。「仕方ない」とも言えない。かといって、「そうだな。他の奴も死ぬべきだ」と言うわけにもいかない。ただ、黙って母を抱きしめていた。

「僕が、一番ふざけたからだよ」

 そんな僕の言葉も、二人には届かない。

 僕は何か辛くなって、自分の部屋に静かに戻ることにした。

 僕は、ベッドに寝転がる。和室に不釣り合いなこのベッドは、僕が小学生の頃、父にねだって買ってもらったものだ。まぁ、今になっては、そのベッドでは誰も寝る人がいないのだが。

 今の僕には、自分が死んでしまっているという自覚が全く無い。僕が鈍感で馬鹿というのも理由になるかもしれないが、他人に気付かれないこと以外で自覚できることがあまり無いのが一番の理由だろう。死んだくせに、僕の頭の中は不思議なくらい冷静だ。

そういえば、僕はいつまでこうしていられるのだろうか。いつまでも幽霊でいて良いのだろうか。葬式をしたら僕は、この世から去るべきなのだろうか。そもそも、どうやってこの世から去るのだろうか。

 分からない。分からないことだらけだ。

あぁ、明日くらいが通夜だろうか。そこには、僕のクラスの人たちも来るのだろう。そして、一緒に屋上に行った友人たちは、罪悪感にさいなまれているのだろう。僕は、そんな彼らに言いたいことはたくさんある。それは、彼らを責めることではない。彼らを慰めたい。彼らに「恨んでなんかいない」と伝えたいだけだ。けれど、今の僕にはそれは出来ない。僕は、もう死んでしまったのだから。

 

 

 私は、この学校の授業に面食らった。いや、もはや授業では無い。自習といった方が正しいだろう。それぞれの学年ごとに机をひっつけて、一つの教科を教えあう、といった形なのだが、個人個人でかなり差があるようだ。先生もプリントを生徒一人一人に配っていたため、多分何種類かのプリントをその生徒の力量に合わせて配っているのだろう。

 まず、正面に座っている小夜。

 今は数学なので、問題を悩みながらも真面目にやっている。それを見て一瞬感心した私だったが、そのプリントを見てその関心の念は、どこかにふっとんでしまった。小夜がやっている数学のプリントは紛れも無く、一次方程式のものだった。一次方程式といえば、中学1年の秋、もしくは夏に頭を抱え込んだ代物だ。今の私たち中学3年生であれば、二次方程式、いや、因数分解が出来ていないと、受験なんて到底無理だ。この私でさえ、因数分解くらいは理解している。(二次方程式は微妙だけれど……。)

 私は改めてこの学校が教育委員会にスルーされていることを認識した。こんなの、前の学校だったらありえない。いやいや、私が普通なのだ。そして、ここがありえないんだ。

 そして私は隣に座っている和樹くんに目をやる。

 彼は見るからに悩んでいる。……というか、シャーペンの芯を出したり引っこめたりして遊んでいる。もう問題に取り組む気はないようだ。そんな彼の白いプリントにも目をやると、そこに並ぶ数式は、文字式だった。そう、文字式。xだのyだのが入り混じっている数式。1問目は「2x+3x+5y=」。この問題から和樹くんはギブアップのようだ。

 そんな和樹くんから、悠磨くんに視線を向ける。

 彼は、グラフに四角が入ったよく分からない問題をスラスラと解いていた。あれは、二次関数? いや、一次関数? それとも比例か? よくわからない。とりあえず、難しい問題であることは私にも分かる。

「岡本くん、ちょっといいですか?」

「……」

 いつのまにか近くに立っていた先生の言葉に、悠磨くんは無言で立ち上がる。そして、教室から出ていく先生について教室から出ていった。

「あーあ、まただよ。先生もよく飽きないよねぇ」

「バーカ。悠磨を挫くのが先生の今のとこの目標なんだぜ? その目標を馬鹿にするみたいなこと言ってやんなよ」

「あはは、それもそうか。それにしても、悠ちゃんの考えはよくわかんないなぁ。みっちゃんみたいに、行きたくても行けない人もいるのにさぁ」

「巫礼姉ちゃんは、脳味噌の勉強部分が普通の人の5分の1しかないからな。残り5分の4には、煩悩が詰まってるんだろうよ」

「あはははっ! みっちゃんらしいや」

 小夜と和樹くんは楽しげに会話をする。

 私がそんな彼らに悠磨くんが呼び出された理由を、聞いてもいいものなのかと思いながら恐る恐る聞いてみると、あっさり答えてくれた。

「悠磨はね、賢いんだ。とてつもなく。なんだっけ、県内模試っていうのかな? あのありえないくらい難しいテスト」

 小夜の言葉に小さくうなずく。私が嫌いなもののひとつが県内模試だ。県で何千番だの何万番だのという悲しい順位が出て、異様なほどに劣等感を感じる代物だからだ。

「まぁ、それの偏差値とやらで、俺は25だったか26だったか。小夜、お前は?」

「ふっ! 和ちゃんと一緒にしないでほしいね。43だったよ」

 案外小夜が普通で驚いた。和樹くんに関しては、そんな偏差値を聞いたのは初めて、という感想しか出てこない。

「で、悠磨は、いくつだったんだっけ?」

「72くらいじゃなかったかな? うちの県の一番賢いとこ狙えるって先生が言ってたよ」

「な、72っ!?」

 私は驚きを隠せなかった。

 だって、72だよ? こんな田舎でろくに授業も受けていないのに。

 私に関しては47だった。地元の高校に進学するくらいなら、この偏差値でも何ら問題はなかった。

 私は、ちゃんと授業を受けていたのに、そう思ってしまう。

「まぁ、悠ちゃんは異常だよ。多分、みっちゃんの頭脳の残り5分の4をもぎ取ったんだよ」

「馬鹿。巫礼姉ちゃんの脳味噌貰っても賢くなんねえだろ」

「あ、和ちゃん、それみっちゃんに言っとくね」

「すみません。今度ジュースおごります」

 小夜と和樹くんはケラケラと笑いだす。それが廊下を歩いていた校長先生が気付き、気がつくと2人は説教を受けていた。

 そんな2人を眺めていると、悠磨くんが戻ってきた。

「あ……、小夜と和、どうしたの?」

 明らかに緊張しているというふうに彼は私に声を掛けた。

「あ、っと、ちょっとはしゃぎすぎっちゃって怒られてるみたい」

「……そうなんだ」

「……」

「……」

 話が弾まない。

 そう思っていると、タイミングよくチャイムが鳴り響き、私は重苦しい空気から、小夜と和樹くんはお説教から解放された。


 すみません、本当にすみません。 

 読んでくださる方に申し訳ない限りです。

 いつから更新してないんだコノヤローですね、はい。

 

 で、はいはい! カケラクズシ 更新しました!

 

 小説の今後の方向性に少し迷いが出て、筆が止まっていました。

 今もやはり悩んでいます。

 

 ファンタジーを入れるのは決めているのですが、どのくらい入れるか悩み中なのです。


 ゆっくり考えます。



 それでは、読んで頂いている方、本当にありがとうございます。