人口密度が低いところを探すと、結局は郊外の森林浴ができそうな所になってしまいます。
今回の記事は、森林浴目的で行ったお寺のことを書きながら、少し韓国のことを知ってもらえたらと思います。

お寺に行く途中のトレッキングコースで発見しました。
小さい紫陽花って、可愛いんですよね。

森林浴だのトレッキングだのは、韓国に来てからするようになりましたが、野生の紫陽花はここで初めてお目にかかりました。
思いっきり、癒やされました。
今回のトレッキングで一番記憶に残ってるのは、紫陽花です。

こちらが今回行ったお寺です。
けっこう奥深い山の中なので、久しぶりに歩きまくりました。

ここがトレッキングコースの入り口です。キャンピング場が併設されていて、思ったより遊びに来ている人が多かったです。
ここから約40分前後歩きました。

こんな感じて、初心者向けのコースです。

市内では滅多にお目にかかれないアゲハチョウも、ここではこんな感じて水を飲んでいました。

韓国、江原道原州八景に選ばれている、上院寺(상원사 サンウォンサ 韓国では一番高い標高に位置するお寺です。)と領原山城(영원상선 ヨンウォンサンソン)はここから行きます。
が、これ以降の道は登山道だと思って下さい。
ちなみに上院寺はここから1時間半〜2時間要します。
この日は、この辺りの土地勘がないせいも手伝って、迷ったり疲れていて、領原山城までなら行けなくはない距離だったのですが、潔く諦めました。
一人で行動する時は、諦めることも大切だと思います。
さて、韓国の仏教は、新羅が三国統一する以前から伝来していました。
高句麗に372年、
百済に384年、
新羅は528年に公認し、その後は護国仏教としての性格が強くなります。
今回訪問した영원사(ヨンウォンサ)は、三国時代の末期から統一新羅の時代に活躍した義湘によって676年(文武16年)に創建されました。
新羅の30代文武王は実質的に三国統一を行った人物です。
その後、後三国時代を経て太祖王建が高麗王朝を918年に開きます。
この時に護国仏教としての性格を維持しながらも、シャーマニズムや道教と融合し、自然信仰の形を取り入れた仏教へと変容しました。
韓国仏教でなぜ山神を祀るのか、最初はわたしも疑問だったのですが、この時に変容したものと思われます。
その後、1392年李氏朝鮮の時代に入ると、3代王太宗頃になり、士林派と呼ばれる党派の出現により、仏教は筆舌に言い難い迫害を受けます。
政府が認定したお寺以外は、取り壊し、土地やお寺所有の奴隷の没収、殺戮と、もしも文献が残っていれば、後のキリスト教の弾圧よりも凄まじいものだったかもしれません。
士林派とは、朱子学を修めた新興の科挙官僚の派閥で、中小の両班(貴族階級)がその中核を占めていました。
その後も李氏朝鮮の王室は、様々な派閥と王室との間で、バランス調整をしながら、運営することを強要されました。
韓国で生活しながら、韓国人の民族性を観察した時、この李氏朝鮮の時代に朱子学を導入したことで避けられなくなった小中華という概念の弊害を、あちらこちらで感じました。
もちろんこれは、これはわたしの個人的な見解です。
韓国で有名な法輪和尚という方は、새로운 100년(新しい100年という意味)という本の中で、
「外圧によって失ってしまった民族のアイデンティティを取り戻すことはそう難しくないが、自らの意思で捨ててしまった民族のアイデンティティの回復は、本当に容易ではない。」
という趣旨のことを語られています。
この内容は、個人のアイデンティティという問題も同じだと思います。
今日の世界の様々な現象を見た時、日本人も朝鮮半島の情勢を他人事だと捉えるのは非常に危険だと感じます。
日本は戦後GHQにより、外圧によって日本人としてのアイデンティティを捨てることを強制されました。
最初は強制であったものが、今は自発的になってしまっていないかどうか、深い再考の必要性を感じる毎日です。

さて、とにかくそれなりに大変でしたが、電磁波のない山奥に行くと、こんなに心も体も澄むんだなぁ、と体感しました。
キャンピング場の近くのカフェで、美味しいコーヒーを堪能し、ネコちゃんと遊んで帰宅の途につきました。
電磁波の弊害についてはこちらの記事から、https://ameblo.jp/rin8288/entry-12605063653.html
ソウル、吉祥寺の記事はこちらから、https://ameblo.jp/rin8288/entry-12350468530.html
原州、普門寺の記事はこちらから、https://ameblo.jp/rin8288/entry-12458060130.html
それぞれに素敵な毎日をお過ごし下さい。
長文の記事を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。





