真言律宗海龍王寺は平城宮跡の東にある、大変古い歴史あるお寺。
創建は飛鳥時代に遡る。当時そのあたりを治めていた土師氏の氏寺であったことから「土師寺」と呼ばれた。
710年平城京遷都の時に藤原不比等の邸宅内の北東隅に残されたことから「隅寺」と呼ばれるようになった。
その後、遣唐使から戻った僧、玄昉が住職となり、聖武天皇から「海龍王寺」の名を賜った。
玄昉が唐から帰りの嵐の中で海龍王経を唱えて無事に帰国したことから旅行・留学安全祈願の御利益がある。
空海も唐に渡るとき、留学の安全を祈り般若心経を千巻書写して海龍王寺に治め、帰国後再び海龍王寺を訪れ毘沙門天の画像を奉納したとのこと。
本堂。
御本尊は十一面観音立像。重文。
西金堂。重文。
西金堂のなかには、日本で一番小さな五重塔(国宝)が安置されていた。
日本有数の古寺である海龍王寺は長い歴史の中で数々の寺宝を守り続けて来たが、明治から戦後初め頃まで荒廃していたとのこと。
檀家がいない小さなお寺で寺宝を守り続けるのも大変だそうだ。
春先には雪柳が一面に咲き乱れる。
季節を変えてまた来たい。








