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私の本棚

読んだ本について思うところを書いています。

あくまでも個人の感想です。

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今回ご紹介するのはこちら。



末木文美士著『仏典をよむ 死からはじまる仏教史』


表題が「仏典をよむ」だけであれば、仏教の主な経論の(入門的な)解説本と思うが、副題の「死からはじまる仏教史」というのがミソ。

決して入門的な解説本ではないので注意が必要。

本書の目次を書き出せばわかりやすいだろう。


第一部 死からはじまる仏教

 第一章 大いなる死 『遊行経』

 第二章 死と生の協奏曲 『観無量寿経』

 第三章 他者と関わり続ける 『法華経』

 第四章 否定のパワー 『般若心経』

 第五章 心の中の地獄と仏 智顗『摩訶止観』

 第六章 禅の中の他者と死者 圜悟『碧巌録』

第二部 日本化する仏教

 第七章 現世を超えた秩序 景戒『日本霊異記』

 第八章 仏教は俗世に何をなしうるのか 最澄『山家学生式』

 第九章 この身のままに仏になる 空海『即身成仏義』

 第十章 贈与する他者 親鸞『教行信証』

 第十一章 脱構築から再構築へ 道元『正法眼蔵』

 第十二章 宗教国家は可能か 日蓮『立正安国論』

 第十三章 異教から見た仏教 ハビアン『妙貞問答』


各章に付された表題を見れば、「死」と「他者」という文言が目につく。


第一部は、仏教の歴史は、ブッダの教えから始まったのではなく、ブッダの死後、その死を乗り越えようとするところから出発している、という視点から書かれている。

そのために、仏教は、死者という異形の他者と向き合わなければならなくなった。

その展開上に大乗仏教が生まれることになったのではないか、そのような視点である。


第二部は、日本の仏典を取り上げて、仏教の土着化という視点から書かれている。

その土着化の過程で、日本と仏教が、互いに予想もしない異形の他者と関わることで、日本仏教特有のダイナミックな展開が生まれることになる。


以下は私の個人的な思いである。


第一部は、いずれも「仏典」といっても違和感なく、第二部の各宗祖の著作も「仏典」だといえばそうかもなと思うが、『日本霊異記』や『妙貞問答』は、仏教関連の著作に違いないが、仏教の教えを説いているのか?と疑問に思う。


しかし、読んでいて、一番面白かったのが、この2つだった。


『日本霊異記』は、仏教がわが国に伝来してから、およそ空海が活躍する平安初期までの民衆の暮らしが見えてきて、空海好きな私にとって、とても興味深い資料だ。

空海の伝説の雛形になるような話も結構ある。

伝来当初の仏教は、聖徳太子や蘇我氏が利用したように政治的な側面があったし、奈良仏教は、高度の悟りや難解な教理に走っている部分もあったが、『日本霊異記』は、もっとエネルギッシュな下層の僧の活躍に目を向けている。


『妙貞問答』は、日本人宣教師不干斎ハビアン(1565〜1621)の著作であり、キリスト教側から仏教、儒教、神道を批判して、キリスト教の教義を述べたものである。

その後、ハビアンは、キリスト教を棄てて、キリスト教批判の書『破提宇子(はだいうす)』を著す。

江戸時代の初期に、このような論者がいたことは興味深いし、現代に生きる私たちの宗教との向き合い方を考えさせられた。



今回、初めて、末木文美士先生の著作を拝読した。

文章が非常に上手い。

若輩者の私から言うのも恐縮だが、とても読ませる文章だと感心した。

(空海の文章のように)予備知識がかなり要求される内容だが、面白くて一気に読めた。


この本はブックオフで購入したが、その時一緒に購入したのが、河合隼雄先生の『ユング心理学と仏教』だった。

まったくの偶然で、河合先生のご著書の解説を書かれているのが、末木先生だった。

地味豊かな食事の後、嗜好の異なる新鮮なデザートをいただいた気分だった。