突然、京都に行きたくなった。

空海が呼んでいる。

と勝手に解釈して、新幹線に乗り込んだ。

今回の旅の目的の一つは、空海が別当を任じられた乙訓寺を訪ねること。

京都駅から、地下鉄と阪急電車を乗り継いで、長岡天神駅に到着。

ここからバスで一直線に目的地の乙訓寺へ行ってもよいのだが、せっかくの長岡京、そしてお天気もいい。

歩くべし。(と、空海のお導きがあったと勝手に解釈。)

駅から、西に少し歩くと大きな池にぶつかる。

長岡天満宮の八条ケ池である。

池の周りに沿って歩いて行くと、長岡天満宮の入り口に。

紅葉が美しい。

ここでお参り。

遅めの七五三や、お宮参りの小さな赤ちゃんを連れた家族連れが数組見られた。

小腹満たしに「みかん大福」なるものを購入、1個250円なり。

皮をむいたみかんがあんこの代わりに大福の中にまるごと入っているという大胆不敵な和菓子である。

ところで、最近、無性にみかん🍊が食べたい。

みかんといえば空海である。(新説⁈)

蛇口をひねれば、ポンジュースがでてくるといわれる愛媛県の隣の香川県出身で、これまた、みかんの産地和歌山県に、高野山金剛峰寺を開いたから。

ではなくて、乙訓寺の庭には、みかんの木があった。

嵯峨天皇に庭で採れたみかんを献上したのである。(「沙門空海言す 。乙訓寺に数株の柑橘の樹あり 。例に依りて交え摘うて取り来れり 。」『柑子を献ずる表』〜『性霊集』より)

空海のキンキラキンの文章にかかれば、みかんもキンキラキンである。(「星のごとく玉のごとし黄金の質なり香味は簠簋(ふき)に実つるに堪えつべし」〜(同上))

天神さまのあとは、みかんの乙訓寺。

八条ケ池のある交差点を北にずんずん行くと、乙訓寺はある。

道中、長閑な田園地帯である。

嵯峨天皇の頃は、賑わっていたのだろうか。

乙訓寺に到着。

弘法大師とのご縁が深い。

乙訓寺は、牡丹の花の名所だそうで、春には、多くの参拝客で賑わうらしいが、シーズンオフの、この季節には、人影がない。

紅葉が綺麗。

辺りに人はいなかったが、一匹のニャンコさんがお出迎え。(写真には写っていません。)

ノラちゃんだろうか。

何かのお使いだろうか、じっとこちらを見ていた。

軽くご挨拶して、中に進む。

真言宗豊山派乙訓寺は、寺伝では推古天皇の勅命により聖徳太子が建立したと言われている。

弘仁2年(811)には、空海が乙訓寺の別当に任ぜられた。

翌年10月に空海と最澄がここで初めて出会い、仏法について語り明かしたといわれる。

そんな歴史的に重要な意味を持つのに、なんと静かなことだろう。

お庭は、よく手入れがされ、植えられているのは牡丹だろうか、まだ枝だけの状態で春を待つ。

みかんの木もあるとのことだが、どの木だろう。

まさか空海の頃のものではあるまい。

1200年前というのは、あまりに遠い。

南無大師遍照金剛

乙訓寺の後は、せっかくなので、西山浄土宗総本山光明寺へ。

宗祖円光大師法然上人が御歳43歳の時、日本で最初に念仏を上げられた立教開宗の地であるそうだ。

逆光で分かりづらいが、法然上人像。
こちらは、乙訓寺と対照的に、観光客で賑わう。

紅葉入山有料期間の最終日だった。


空海と法然、日本史上に残る傑出した偉大な二人の天才僧侶。

即身成仏を説く空海と極楽往生を説く法然、思想は全く違うように見えて、いずれも、衆生の救済を願う必死の思いは時を超えて、現代を生きる私たちの心の拠り所となっている。

南無阿弥陀仏