タクシーはほどなくしてあるマンションに着いた。

マサヨシは、私を先に降ろして会計を済ませ、こっちだよといいながらエントランスを指差した。


そんなに大きなマンションではない。階段を昇り、部屋のドアを開けた。

「おじゃまします。」


中に入ると、そこは音楽機材やギター、キーボードなどの楽器、パソコンなどがあった。

どうやら仕事部屋らしい。生活感はあまりなく、小さなキッチンには、たくさんのグラスとお酒があった。


そして、仕事に疲れた時に休むのだろうか…セミダブルほどのシンプルなベッドが部屋の片隅に置かれていた。


「適当に座って。仕事部屋だから殺風景だけど。」


私は、部屋の中をもう一度見回し、3人掛けのソファーに座った。


「いいんですか?お仕事の部屋に入れてもらって?」


「大丈夫だよ。でも、ここに来るとついつい飲んじゃうんだ。

今、ウィスキー開けるね。ロック?それとも水割り?」


「うふふ、じゃ、水割りで…」


「了解。」


マサヨシは笑顔で、冷蔵庫から氷とミネラルウォーターを出して、慣れた手つきでお酒を作り始めた。

出来たお酒を両手に持って、私に水割りを手渡し、右隣に座った。

「俺はロックで頂きます。今日はありがとね。じゃ、乾杯!」


二人で軽くグラスを鳴らすと、グラスに口をつけた。

「んー。いいねぇ。やっぱり年代物は香りが違うんだよね。」


私はマサヨシが喜んでくれているのが、素直に嬉しかった。

「良かった。口に合ったみたいで。プレゼントってなんか緊張しちゃって…。」


「うん、おいしいよ。水割りもいいけど、俺はやっぱりロックかな?」


「そうなんだ。私もロック、試してみようかな?」


「試す?」


マサヨシはそう言うと、自分のグラスを差し出した。


(間接キスだ。)

中学生でもないのに、私はときめいた。

でも、そのことは表情に出さないようにグラスを受け取り、そのまま口を付けて少しだけ口に含んだ。

「わぁ。やっぱり濃いなぁ。でも、美味しいかも。」


「ん?ちょっと濃すぎた?じゃ、ちょっと薄めてあげる。」


マサヨシはそう言って、ロックを口に少し含んだかと思うと、右手で私の左肩を自分の方に向けさせ、首を少し傾けて口移しした。


(続く)

後日、私はまたマサヨシのライブに出掛けた。

今日は、彼に渡そうと思って、プレゼントを準備しておいた。

彼の好きそうな、ちょっと年代物のウィスキー。


今日のライブも、私は酔いしれた。歌声は痺れるほど甘く、心に、体に、染み渡るものだった。

彼が弾くギターの音色も良かったし、コードを変える時の指で弦が擦れるかすかな音が、特にせつなくてキュンとした。



私はライブの後、スタッフにお願いして、楽屋に案内してもらった。

ライブを終えて、少し高揚した感じのマサヨシだったが、私の存在にすぐ気付いてくれた。


「あ、凛ちゃん…だったよね。今日も来てくれたんだ。ありがとう。」


「覚えててくれたですね。感激です。

今日は、プレゼントがあるんで、受け取ってください。」


といって、紙袋を渡した。何が入っているか聞かれたので、ウィスキーだと答えた。


「うわぁ。俺、ウィスキー、好きなんだよね。あっ、これ結構年代物じゃん。凛ちゃんも飲むの?」

「はい。私も時々だけど飲むんですよ。自分用のはもっと安いのですけど…。」


二人でちょっとクスッと笑った。そして、

「今日も打ち上げあるからおいでよ。もうスタッフとも知り合いなんでしょ。」

「わぁ。いいんですか。じゃ、お邪魔しちゃいます。」


打ち上げの席では、なんとマサヨシと同じテーブルにつくことができた。

テーブルでは、スタッフも盛り上がり、マサヨシの酒の席での失敗談など、面白い裏話も聞くことができた。


でも、楽しいひとときはあっという間だった。

(二人きりでは話せなかったな…)

と思っていると、マサヨシは小声で


「凛ちゃん、今から一緒に、さっきのウィスキー飲まない?」


え?


と振り返ると、マサヨシは私を連れて、密かに仲間から離れ、タクシーに乗り込んだ。


(続く)

私は、歌うマサヨシが好きだった。

私は今日も、彼のライブを聴きに行っていた。

ギターの弦に指を滑らせ、時に甘く、時に激しく歌う彼は、とても官能的だった。

女性客の半分以上は、あの弦を滑り、押さえる指が、自分に触れることを想像していたに違いない。


私は足繁く彼のライブに通って、スタッフと顔見知りになり、打ち上げに参加させてもらえることになった。

ライブを終えたマサヨシは、気心の知れたスタッフと、ステージの上で見せるはにかんだ笑顔とは違う、躊躇ない、はじけた笑顔でビールを飲んでいた。

笑うと凹むほっぺたが、少年のようで本当にかわいい。


私は、少し離れたところから、マサヨシを見ていた。

話せなくても、同じ空間で楽しげな彼を見ているだけで、体温が上昇するような感覚だった。


私は、軽く酔って、トイレに立った。

(あ~。ドキドキする。でも、せっかく来たのに全然知り合いになれないな…。)

と、洗面台の鏡を見ながら少し落ち込んでいた。


お化粧を直してトイレを出ると、偶然マサヨシもトイレから出てきたところだった。

(きゃー!今、今話しかけなくちゃ、こんなチャンスはないっ!)


意を決して、私はマサヨシに声を掛けた。

「あの、いつもライブ見ています。良かったら握手してください!」

私は、ねるとんで「お願いしますっ!」ってやっていた男の子のように、平身低頭で右手を出した。


彼は、少し吹き出しそうな笑顔で、軽くジーパンのポケット下辺りで手を拭いて、

「いつも来てくれてる子だよね。ありがとう。」

といいながら、握手をしてくれた。トイレで手を洗ったのか、彼の大きくはないけれどゴツゴツした手は少し冷たかった。


「あの、私、凛って言います。また絶対ライブに来ます。

ずっと応援してるので、頑張って下さいね。」


今日、話せたのはこれだけだった。

…残念…


(続く)