パンドラの箱 -2ページ目

パンドラの箱

むかし、むかしの物語。

スピリチュアル系の言葉は

 

もうほとんど忘れてしまったなぁ。。

 

覚醒とか、悟りとか、とても憧れていたけど

 

今は・・・

 

 

子どもの頃からずっと

 

『なんのために自分はここにいるのか』

 

不思議だった。

 

 

周囲と、自分の感覚との違いが

 

本当に理解できなくて。

 

 

わたしにとっての当たり前は、当たり前ではなくて

 

 

ある時期からは

 

自分の内側と、外側と、さらに

 

目に映る外の世界とのギャップというか

 

ズレというか・・・

 

 

生きること

 

人間であることが

 

苦痛でしかなかったな。

 

 

模索し、模索し、

 

東京の空の下を経て

 

地元に戻ってからの2年ちょっと

 

 

沼の底で、死ぬことばかり考えていた。

 

 

11歳。

 

22歳。

 

27歳?

 

人生で3度目の自殺未遂は

 

なるべく人の迷惑にならない方法を模索し(そんなものは存在しない)

 

 

灯油を撒いた真ん中に寝てみたり

 

農薬を飲んでみたり

 

リストカットしたり・・・

 

でも、決定的に死ねる方法は選択できなかった。

 

 

そんなある日に。

 

ただの薬の過剰摂取では簡単に死なないことは

 

経験済みだったので

 

 

睡眠薬を飲んで

 

深夜に、家の近くの川(1㎞もしないで海に出る)に入り

 

流れに身を任せていた。

 

 

満ちていた潮が引くところで

 

もちろん、足はつかない深さで

 

引き潮の流れは速かった。

 

 

過剰摂取とまではいかなくても

 

それなりの量を飲んでいたので

 

どこかで眠ってしまうだろうと思いながら

 

星空を眺めながら

 

ぷかぷかと流されていった。

 

 

田舎なので、外は暗くて

 

星がとてもキレイだったことは覚えてる。

 

 

でも、何を思っていたのかは

 

覚えてない。

 

 

あっという間に眠ってもいいはずだったのに

 

まったく眠くならなくて

 

海に近づくほどに、水が冷たくなってきて

 

 

ハッとして、立ち泳ぎをしたときの

 

足の方の深いところの水の冷たさに我に返って

 

「まだ、今じゃない」

 

と、流れに逆らって

 

必死に泳いで帰った。

 

 

服を着たまま泳ぐのは

 

大変・・だったのかな。

 

川に入った場所まで・・どうやって泳いだんだろう。

 

 

人生で3度目の

 

「まだ、死ぬときじゃない」

 

と感じる不思議な体験。

 

 

あれから、もう死ぬことは考えてない。

 

 

苦しみから抜け出すのは

 

それからまだまだ先のこと・・・だけど。

 

 

 

 

そこから先も、いろいろあったけど

 

 

記憶は、わたしではないから

 

ただ、物語が残っている。

 

 

鬱を克服した人の物語。

 

恋愛依存症から抜け出した人の物語。

 

子どものときの自分の感覚を

 

取り戻した人の物語。