パンドラの箱

パンドラの箱

むかし、むかしの物語。

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前の記事を書いてしばらくして

新たな出会いが重なって

 

気づいたら、ある人を好きになっていた。

 

誰かを好きになるとか

もう二度とないと思っていたのに。

 

昔みたいに、淋しさもなくて

死にたくなることもなく

誰かに必要とされなくても、生きていていいんだと知って

 

子どもと2人で、その日ぐらしみたいに

貧しく、慎ましく、同じような日々を過ごして

 

それなりに楽しみもあって

とても満たされていたのに

 

閉じていたハートチャクラをこじ開けられるよう。

胸が痛くてたまらない。

 

自分の時間を

子ども以外の誰かのために使うなんて

数人いる親友や友達以外に

特別に話をしたい人もいなかったのに

 

こんなにも、気持ちを揺さぶられるなんて

思ってもいなかった。

 

ひとりでも大丈夫 とか

今で十分幸せ とか

 

そんな感覚がボロボロと崩れていくと

剥き出しの自分は、とても怖がりで

盲目でなくなった分

思慮深くなった分

臆病になってすらいる

 

初めから、不思議な感覚だった。

話をするたびに、懐かしくて仕方なかった。

多くを語らなくても、心が通じる気がした。

 

そんな感覚がとても嬉しくて

 

「あぁ、この人なんだ」と思った。

やっと見つけたんだと。

 

小さい頃から、探してた、半分。

何か足りないと

何か欠けてると

ずっと、探してた存在

 

嬉しい。

と同時に、怖い。

 

時間と、会話を重ねて

同じような気持ちでいること

この不思議な感覚を、共有できるようになっても

なっても・・・

なればなるほど

 

初めての感覚に戸惑う。

何かが、ブレーキをかけようとする。

 

ブレーキをかけて、逃げ出させようとする。

 

傷つく前に

傷つける前に

消えないと・・・って

 

過去のトラウマのような

私自身を、守ろうとするような、記憶たち。

 

胸が痛い。

胸が痛い。

想いが溢れる。

心に、深く入り込んでくる。

 

わたしに、何ができるだろう。

 

自分自身を、解放して

その先に、何があるだろう。

 

なかったことにしてた

 

忘れようとしてた想いが

溢れて胸が痛い。

 

信じようとするまでもなく

信じられる存在を

そのままに受け入れる…ことへの恐怖

 

悟ったように生きていた頃のフワフワしたような感覚から

地に足をつけて、ただ、生きていく選択をしてから

その前にも、そのあとにも

 

甘えるとか

頼るとか

淋しさや不安や戸惑いに

支配されることなく

素直に気持ちを伝えるとか

 

相手に優しくされるとか

その優しさを受け止めるとか

相手の想いを素直に受け容れるとか

 

そういう当たり前なのかもしれないことが

わたしにはとてもとても難しいことだということ

 

信じたい存在から、否定される怖さ

子どもの頃の記憶が

未だに、根強く心に蓋をしていること。

 

大丈夫だと思いたかった

大丈夫じゃない自分がいること。

逃げてた自分

弱い自分

 

そういう自分を、受け容れること。

心を開いていくこと。

 

そのために、あなたが必要なのだと

きちんと向き合って、伝えたい。

 

消えたくなる、怖さを

今こそ乗り越えたい。