さてさて、韓国風味の戦国武将を堪能中でございます。
不滅の李舜臣
秀吉編制軍と戦った、朝鮮の英雄将軍のお話です。
2巻分見終わりました。
残りあと50巻…。

いやもう、この戦、難しいわややこしいわ。
うぃっき見るだけで、うげうげしちゃいます。
活字多すぎ。
ちょっくらwiki引用しまくって、記事作りしてみました。(青字はwiki引用部分)
ドラマで、wikiには載ってないあんなこととかこんなエピソードをフォロー。

1話のあらすじ
ドラマは、秀吉の第二次朝鮮遠征、慶長の役(慶長2年12月~慶長3年11月(1597年11月~1598年10月)の、小西行長軍が駐留する順天倭城攻防戦(順天城の戦い)から始まります。
時は慶長3年10月3日、戦も終結間際。
そんでもって、関ヶ原の戦いの2年前です。
宇喜多君と藤堂君の作ったお城(順天倭城)↓
イメージ 1慶長の役が始まると順天郡の光陽湾奥部の沿岸に1597年11月から、宇喜多秀家藤堂高虎によって築城が始められ、突貫工事により城は12月に完成し、小西行長に引き渡された。

順天新城の完成後は、小西行長松浦鎮信有馬晴信五島玄雅大村喜前の五氏13,700人が在番していた。

イメージ 2←小西君 43歳
肥後 宇土城主
20万石
キリシタン

見慣れない髷ですが、家紋は忠実。
つか、家紋の存在感が新鮮…。

1598年秋、朝鮮連合軍は朝鮮半島南岸の倭城群を攻略すべく総力を挙げての一大攻勢を企画し、東路軍、中路軍、西路軍、水軍、の4軍に編成されて南下を開始した。
この内の、西路軍、水軍が順天に攻撃目標を定めた。西路軍は明軍21,900人で劉綎が率い、朝鮮軍は5,928人で権慄が率いた。水軍は陳璘率いる明水軍19,400人、朝鮮水軍7,328人は李舜臣が率いた。

すげぇ、ユニフォーム水ゼッケン)もある朝鮮水軍↓
イメージ 33日、劉綎は陳璘に「今夜水陸共同で夜襲を決行すべし」と伝えた。
ここにおいて陳璘は午後8時頃水軍を率いて上げ潮に乗じて進み、夜半城下に迫り日本軍と攻防戦となる。

ドラマでは真昼間に正々堂々と攻めてきてました。
あれですか、「夜襲は卑怯」とかいう、大河・清盛でやってた孫子の例のアレでしょうかね。

夜襲上等!の豊臣軍は、昼でも卑怯者でした↓
イメージ 4李舜臣率いる朝鮮水軍の、鉄砲だ大砲だの猛攻撃の最中、劣勢に立つ小西軍。
朝鮮軍捕虜を甲板に立たせ、楯にします。
自軍の兵、部下が楯になっている事を知り、人命第一の朝鮮海軍の攻撃が止みます。
「やったー、作戦成功だ!」と喜ぶ小西君の家臣。

と、ここで違和感。
こんな作戦とる武将、初めてみた。
まるでアメリカ映画で見るような人道的心理戦術だわね。
「人は石垣作戦」なら理解できるんだが。
意味違いますか?そうですか。

結局この作戦は、自国と李舜臣を敬愛する捕虜兵たちの自殺的行為で失敗するんですけど、こういう顛末って、日本のドラマやアニメでも見かけたりしますから、「ふーん」って感じです。
あれですよ、「何してるんだ。俺に構わず撃て!」ってヤツですよ。
作戦失敗して残念そうな小西君と、李舜臣の為に命を投げ出す勇敢な捕虜兵たちにうろたえる小西君家臣。
なんか小西軍、いい人じゃん…って、小西君、クリスチャンでした。

戦闘中俄に引潮となると、明水軍の唐船二十三隻(『宣祖実録』、李舜臣の『乱中日記』では沙船十九隻、號船二十餘隻)が浅瀬に座礁する。これを日本軍が炎上させた。
明兵に死傷及び捕虜となるものが甚だ多く出て、生還した者は百四十余名に過ぎなかった。
朝鮮水軍でも安骨万戸禹壽が弾丸に撃たれる。
翌4日も明・朝鮮の水軍による攻撃は継続されたが、城の守りは堅く撃退された。

小西君、そうとう苦戦していたようでしたが、どうやら半日ほどで撃退した模様です。
ちなみに、禹壽 さん、ドラマでもその最期は相当尺取ってました。
思わず伏見城で玉砕した鳥居元忠を思い浮かべてしまいました。
明海軍は大敗で差し支えなさそうですが、朝鮮海軍は明海軍大将(都督)・陳璘を救出するなど、決して負けませんでした。

このように3日、4日と水軍は海上からの攻撃を実施した。にもかかわらずこの間、劉綎の陸兵は動かなかった。これは満を持して行われた2日の総攻撃の損害が大きかったことと、東方で泗川倭城を攻撃した中路軍が島津軍に大敗を喫しており、その敗報が伝わっていた事情がある。
イメージ 5他に、小西君の差し金で、賄賂もらっちゃった事情もあった模様です。
これはさもありなん。

←赤い服着ているのが劉綎(明国陸軍)


明の陸軍は、会合衆にいたとも言われる堺の豪商の息子・小西君に完全に買収されてます。
その才能、関ヶ原で発揮できなかったことが悔やまれます。

←中央の黒衣の坊さんは要時羅さん

イメージ 6
ヨシラ?誰?
どういう人だがよくわかんないけど、実在する小西君の家臣だった模様。
交渉役の従軍僧か?
策士らしいけど…策士ってなに?
ドラマでは、いつも小西君の傍にいる重臣のようです。

順天への攻勢を退けた日本軍であったが、8月に秀吉が死去して以降、幼児の豊臣秀頼が後を継いだ豊臣政権では、大名間の権力をめぐる対立が顕在化し、政治情勢は不穏なものとなっており、もはや対外戦争を続ける状況にはなかった。

そこでついに10月15日、秀吉の死は秘匿されたまま五大老による帰国命令が発令された。

↓フライング発言で、視聴者をびっくりさせる小西君
イメージ 7
日本へ帰国するまで内緒にされているはずの秀吉死亡の情報を入手している小西君。
そのうえ、帰国命令発令前(現在10月4日)なのに、帰り支度に焦ってます。

さらに、この時点から関ヶ原参加の意思を表明。
三成喜ぶ、とんだフライング発言です。
ちなみに三成は、まだ奉行職を解かれてもいません。

それにしても、小西君の兜、なんともレトロ…。
江戸末期に流行った鎌倉時代モードでしょうか。
他の武将たちの兜のデザインも楽しみです。

さて、「不滅の李舜臣」、1話目のお話では、ここまでお勉強できました。
タイトルで「秀吉の唐入り①」としてますが、②があるかどうか未定です(①で疲れた…)


そうそう、「不滅の李舜臣」、今回ご案内の一話目のみなら、今なら無料で観れますよ
不滅の李舜臣 
暇と気力と興味のある方はどうぞ。

韓国の、感情の剥き出し方がいささか単細胞な戦国武将も新鮮ですが、
エレガントな戦国武将ってのも、なかなかオツでございます。
こちらは10分程度のミニドラマです。

BBC版 関ヶ原の戦い

家康の人心掌握戦ってな視点なんで、家康の持ち上げ方や戦況に処々異論ありましょうが、まぁジェネラル家康って思えばいいんじゃね…?

「殿」は英語だと my lordって言うんですね。
へー…( ̄o ̄)←それだけ覚えた

そりゃそうと、井伊様がやけにカッコいいんですけど…さすが国宝・彦根城主は扱いが違うな(  ̄っ ̄)むぅ