誰が見たのだ? 語ったのだ?

今さら何を検証すれば、大谷吉継の切腹を立証できるのだ
関ヶ原関係ドラマでは、「必ず」の確立で登場する、大谷吉継切腹シーン。
小説でも、今のところ吉継は「必ず」切腹しておりますよ。
しかし手持ちの歴史本では、吉継の最期を「切腹」とはせず、「自害」「自刃」と記載してるものが多いっす。
とくに検証性の高い本では「切腹」ってな表現をしてないので、実際のところ吉継が腹掻っ捌いたかどうかは不明。
そもそも小早川はじめ東軍にボロボロにされてる大谷軍。
合戦現場から大谷陣跡まで約500m足らず、大谷陣跡から吉継が自害したとも伝えられる墓まで300m。
山中で道が悪いとは言え、いつ敵が追いつくか解らない近距離だけに、家臣と会話を交わしたりだの別れを偲んだりだの、ドラマみたいな悠長な事してらんないわね。
首は家臣が運び去り人知れず埋めたと伝えられているけど、そこいらに放り出されたままであろう吉継の首から下は、一体どこへいったのだ?
吉継の体についての記載は、まるで見当たらないぞ。
藤堂高刑は湯浅五助の忠臣ぶりに心打たれて吉継の首探しを諦めたそうだが、放置されているはずの首から下チェックくらいしなきゃ不味くないか?
死んだか逃げたか解らんじゃないか。
首も体も見つかってない島左近には、ちゃんと生存説も存在してるぞ。
吉継が切腹という名誉ある自害をしたとするなら、歴史における首から下の扱いがずいぶんぞんざいだな。
さて、関ヶ原合戦の西軍大名で自害してるのは、大谷吉継くらいでしょうか。
みなさん、逃げるか討ち死にしてますな。
つか、合戦場なんだからそれが当たり前だと思うんだけどね。
病身ってところで退却も叶わず、敵前に首を晒されたくない吉継の自害はやむなしと心情的に思う。
それだけに、関ヶ原での西軍大敗を象徴するべく合戦中に自害する大谷吉継は、ドラマに欠かせないシーンだったりするのだろう。
まぁそんなわけで、ここは悲運の武将の華として、大谷吉継には、甲冑着たままでもできる頸動脈切断などではなく、あえて腹を出し、武士の誉れの切腹で盛り上げて戴きたい。
という、大人の娯楽(小説・ドラマ)のご都合のため、歴史検証が蔑ろになってるかもしれませんな。
とはいえ吉継の最期を切腹以外で演出されたら、大谷ファンとしてはこの上なく不快だったりもする。
もとい、死因検証を許さない程、名将の自害=切腹 は、私、もとい日本人のフォークロアと申しますか。
NHK大河の清盛に出てきた源為朝 が、史上初の切腹武士というところから興味をもった切腹。
自分の腹を掻っ捌くという、衝撃度は絶大であるが、死に方としては効率的とはいえない自殺方法が、なぜ「潔い」だの「天晴れ」だの褒めそやされるようになったのか気になります。
だって、自分の腹、切り裂くんだぜ?
腸とか出てきちゃうんだぜ?
気色わるっ。
そもそも腹を裂いた位じゃ人は短時間で死ねないことぐらい、観た事なくても想像できるわ。
そんな死ぬまでに時間かかる変態的自傷行為のどこが「潔い」んだ。
ハンガーストライキくらい、意味がわからん。
補助手段として、腹掻っ捌いてから頸動脈切るとか、心臓や咽喉を突くとかありますけど、最初から首切ったり心臓突く方がよっぽど潔いじゃないか。
そんなに自分の腸が見たいのか?
変態め。
海外では、長く苦痛を与える事が出来、ヴィジュアル的インパクト絶大故に見せしめに用いられてきた腹裂きの刑。
これをわざわざ自分でやらかす神経がわからん。
現代日本でこんなことやったら、「ばっかじゃないの?」で葬られること間違いない。
それだけに、この自傷行為が英雄たる武士の美談に、牽いては武士道精神論にまで崇め奉られるようになる発端や経緯をぜひ知りたい。
うぃっきはじめネットでは、どうにも情報が頼りない。
前述してますが、切腹関係の本はそれなりにあるようですが、殆どが絶版になっているありさま。
古本取り寄せするにしても、その本の学術的価値はいたって不透明。
絶版になる位なので、あまり期待できない内容なのかもしれない。
そんな訳で密林で手に入る適当そうな本をざっくり読んでみたのですが、解ったようなよく解らんような。
胸のつかえがとれたようなすっきり感がないだけに、頭の中も上手くまとまらず。
まぁ、ちょっと適当に「取りあえずまとめておこう」程度の状態ですが、記事にはしますo( ̄^ ̄)o
同時に、ちょっと趣向の異なる韓国ドラマを見始めました。
不滅の李舜臣
豊臣時代の朝鮮征伐のお話です。
日本じゃまず映像化されない戦国時代ドラマですんで、お隣韓国のものでお勉強したいと思います。
近所のツタヤには置いてなかったんで、わざわざネットレンタルですよ( ̄" ̄;)
全104話、52巻。
月8本借りれるんで、見終わるのに半年以上かかるわよ。
先、長ぇ・・・。
切腹前に、次は、ちょっとこれがらみの記事。