さっきから、あやちゃんの横顔がチカチカと光っている。

冬季限定の現象・・・と言えど、イルミネーションでも粉雪でもない。

 

「あのさぁ。」

「ちょっと待って!今、大事なとこっ!」

 

大事なとこ、って、バックヤードが映ってるだけじゃない。

宝塚ファン時代を過ごしたことがある人間として、バックヤードこそ興味がある、という気持ちもわかる。

わかるけど・・・

 

お互いにスケジュールをやりくりして、やっと確保した時間なのに。

 

「私と、羽生君、どっちが大事なのさ・・・。」

 

ぼそっと独り言をつぶやいてみるけど、あやちゃんは全然聞こえてないみたいだ。

 

「いいけどさ。べつに。。。」

 

そもそも、次元の違う人だし、あやちゃんが「恋」だと称するのは、「憧れ」だと知っている。

でもさ。録画してるでしょ?後から一人で堪能してもいいんじゃない?

 

暇を持て余して、脚の爪をいじってしまう。

 

「おっ。ちょっと関節やわらかくなったかもー・・・。」

 

あやちゃんが「羽生君タイム」に入ってしまった時は、私は横でストレッチをしていることが多い。

むにむにと脚の指をいじっていると、あやちゃんにバシバシ叩かれた。

 

「ちょっ。ほらっ。次、羽生君の出番だからっ!」

「あ?そなの?わかったー。」

 

ベッドの上にきちんと背筋を正して正座しているあやちゃんは、予科生時代を思い出させる。

なんとなく、私もつられて、一緒に正座しちゃったりして・・・

 

「美しい。」と思う。

超絶技巧盛りだくさんのプログラムだということは、畑違いの私でもわかる。

それでも、「難しい」と感じさせずに、流れるように、軽やかで、優美で、それでいて力強く心を揺さぶる。

あやちゃんが惹かれる気持ちは理解できないことはない。

 

でも、でもさ。

 

「はーっ・・・綺麗だったあ。羽生君。」

 

あやちゃんが、ふうっと力を抜いて、足を崩す。

やっと、二人の時間が戻ってきた。

 

「ねねね。あやちゃん。」

「ん?なに?」

 

まだ夢ごこちのあやちゃんが、やっと私を見てくれる。

あやちゃんに見せたかったもの。

青いチュールとビジューが散りばめられたストラップ。

 

「ほら、これ、綺麗でしょ?ゆきちゃんが作ってくれたの!」

「ほんとだー・・・羽生君のお衣裳みたいだねー・・・。」

 

はぁ。とため息をついて、お布団をぎゅと抱きしめる。

 

「・・・お揃いなんだけどっ。あやちゃんには、あげないっ!!」

「えっ?どうして??羽生君の衣装みたいだから、くれるんじゃないの?」

 

本気できょとんとしてるから、私の本気の怒りモードスイッチが入る。

流石に気配を察したあやちゃんが、急に現実に戻って焦りだすと、やっと心が動き出す。

 

「花組さん、今、何を演ってますか?」

「青い薔薇の精・・・。あっ!」

 

「そう。エリュだよぉ・・・。恋人の演目ぐらい覚えておいてほしいなぁ。」

「・・・ごめん。さゆみちゃん、ほんっとごめん。忘れてたんじゃないのよ?ほんと、素敵な物語だし、さゆみちゃんのエリュも美しすぎて異次元オーラだし。花組の子たちも凄く一人一人の責任を果たすぞオーラみたいなのを感じて・・・」

 

「でも、羽生君の衣装に見えた。と。」

「根に持つね。」

 

それぐらい、あやちゃんに執着してるってことだよ。

どうして気が付かないのかなあ。

 

「ほらっ。やっぱり美しいものに惹かれるというか、羽生君って姿カタチの美しさだけじゃなくて、魂の純度みたいなものが、スケートに表れてるでしょ?そこがさー・・・。」

 

言葉を切って、あやちゃんが、じっと私を見詰める。

 

「さゆみちゃんに、似てるの。」

 

透き通ったあやちゃんの瞳が、私をまっすぐに貫く。

 

「だから、さゆみちゃんも、大好きなんだよ?」

 

ぎゅっとあやちゃんに抱きしめられるけど。。。。

 

「も?今、「も」って言った?」

「ああっ。違う違う。会話の順番でそうなっただけでー…正確には、羽生君「も」だからっ!

ってゆーか、さゆみちゃん、いつからそんなにツッコミキャラになったの!?」

 

あたふたするあやちゃんを見るのが楽しいからじゃない?

 

「ふーん・・・どうだか。」

 

あやちゃんが焦れば焦るほど、愛されるなあ、と実感できるから嬉しいの。

夢心地の世界から、取り戻してやったぞー!って感覚?

 

「そもそも、羽生君とは表現者って共通する部分で尊敬する部分があるだけで、年齢だって違うし、性別だって違うし・・・あ。性別は違ったほうがあやしいのか・・・とにかくっ!あの、あ、愛してる・・・のは、さゆみちゃんだけだからっ!!!!」

 

興奮っ!って感じで一気にまくしたてる。

顔を真っ赤にして、滅多に言ってくれない「愛してる」を言ってくれたりして。

 

照屋さんだもんね。

もう、とっくに許してるし、わかってるのに。

必死に誤解を解こうとしてくれるあやちゃん。

真面目で、誠実で・・・

 

「浮気なんて、するわけないよね。」

 

ぎゅっと抱き着くと、じんわり汗ばんだ肌を感じた。

 

かわいい。嬉しい。

私のために、こんなに焦って、汗までかいて。

 
信頼してるからこそ、突っ込めるんだよ?
本気で疑ってたら、怖くて、聞けないと思う・・・
 
「じゃあさ。キス。してくれたら許してあげます。」
「えっ、それじゃ、ご褒美にしかならないんじゃあ・・・。」
 
「キスの内容によって、許すか許さないか決まるからね。」
「うっわ。ハードル高っ・・・。」
 
「ないの?自信。」
「どーだろー・・・。」
 
触れるだけで、いつも私をとろとろにとろけさせちゃうくせに。
あやちゃんは、なぜか「愛されている自信」がない。
 
「・・・私が悪いのかなあ・・・?」
「ううんっ。さゆみちゃんは悪くないと思うよっ!私が下手なんだよ。きっと。」
 
・・・だから、逆なのに。
 
毎年繰り広げられる冬季限定の小さな喧嘩。
最初は「寂しい」気持ちのほうが強かったけど、最近は気に入っている。
 
「ほら、どうぞ。」
 
まぶたを閉じて、唇を突き出す。
あやちゃんのあったかくて大きな手のひらが、頬を包み込む。
 
ふわり、と落ちてくるやわらいくちびる。
 
「・・・好きだよ。あやちゃん・・・。」
 
真面目で、誠実で、嘘がつけなくて。
私のことを誰よりも愛してくれる恋人の背中に、腕をまわした。