さゆみさん=明日海りお様(花組トップ)

れいちゃん=柚香光(ゆずかれい・花組二番手)

 

です。

 

 

 

 

「で、れいちゃんからのチョコは?」

「え・・・。要ります?そんなにたくさん貰ってるのに。」

 

わくわく。といった表情でさゆみさんが私を振り返る。

 

楽屋のさゆみさんのデスクには、積み上げられたチョコの山。

もちろん、載せきれるはずもなく、床に段ボールが何箱も置いてある。

組子から、スタッフから、ファンの皆様から。

演目がカサノヴァだということもあり、チョコの数も例年より増し増しな気もする。

 

もちろん、私だって用意している。

有名ショコラパティシエの名作をお取り寄せしてみた。

私にとっては、最高に「特別」な気持ちを込めたつもりだけど・・・。

 

さゆみさんのデスクに積まれているのは、どれも気合の入った手作りだったり、凝ったラッピングだったり。

なんだか、私のチョコなんてありきたりすぎて気後れしてしまう。

 

バックの奥にこっそり忍ばせてあるチョコ。

受け取って当然とばかりに、「次はれいちゃんのチョコだよ。」とばかりにおっしゃるのが胸苦しい。

コレクションのように並べられたくない。

 

・・・つまらない、意地。

 

明日海さんは、劇団ではトップさんとしての顔を持つ。

「伝統のピラミッドが崩れてしまうと、組子たちもやりにくいだろう。」と、

私が「特別扱い」にならないように、ナチュラルに接してくださっている。

だから、組子の一人として、渡しやすいように声をかけてくださっている、のだろうけど。

 

「えっ。もしかして、ないのっ?がーん・・・。」

 

さゆみさんが大袈裟に頭を抱えて、落ち込む真似をする。

ふざけたふりをしてくださっているけど、傷ついた瞳をしている。

「抱えきれないほどのチョコを頂いても、れいちゃんのチョコは特別なのに。」

と、丸めた背中がちょっとふてくされて言っている。

 

「や、あります。ありますけどー・・・。」

「けど?」

「なんだか、気後れしちゃって・・・みんな凄いですよね。」

 

チョコの山を指さすと、さゆみさんがさもありなん。とうなづく。

 

「ね?ほんと感謝だよー。こんないっぱいがんばってくれて。公演中なのにさー。せっかくの休演日を返上してくれて。」

 

よよよ。と手で涙を拭く真似をされる。

ひょうきんな仕草でみんなに感謝の意を込めるさゆみさんは、「みんなの明日海さん」という印象が強い。

 

昨日は休演日だったこともあり、特に娘役のみなさんは手作りにも気合が入ったのだろう。

毎日カサノヴァ様を追いかけまわしているのだから、感情も高まるというもの。

 

「だから、私のチョコなんて要るかな?と。」

「要るよー?だって、これはトップの明日海さんに頂いたチョコだもの。」

 

ね?と茶目っ気たっぷりに小首を傾げられる。

 

「れいちゃんのチョコはトクベツ、でしょ?」

「・・・はい。」

 

すみません。ありきたりで。と前置きをして、バックからごそごそと赤いリボンのかかった包みを差し出す。

 

「あ!ここのショップの食べてみたかったんだー。ありがとうね!」

 

チョコを持ったままぎゅっとハグをしてださると、触れるか触れないかのキスをほっぺにしてくださった。

組長さんたちは席を外しているとはいえ、楽屋でできる最大限の「恋人どうし」の証。

豪華絢爛のチョコたちには並べずに、そっとバックにしまってくだだったこともさゆみさんの配慮を感じる。

 

「おうちに帰ったら、また違うプレゼントをちょうだいね?」

 

こそっと耳元で意味深にささやかれて。

「まだ木曜日だからね。」と自分に言い聞かせるのに苦労した。

 

 

 

 

持ちきれる紙袋だけ持って、段ボール分は宅急便で送ってもらえるように手配した。

何かと隠し事の下手くそな私たちが、「秘密の恋」なんて貫き通せるはずもなく。

花組の中では私たちがお付き合いしていることは「公の事実」だったりする。

敢えてツッコミはしないけれど、同じ住所を記入する私たちの手元を「ふーん。そうなんだあ。」と、瀬戸さんがニヤニヤしながら覗き込んでいた。

 

二人分のチョコをお部屋の片隅にドカッと置いて、手袋やらマフラーを外してゆく。

 

「私には下さらないんですか?」

 

忙しいさゆみさんにチョコをねだるなんて、図々しいかもしれないけど。

私にとっても「特別」だ。

 

「え?れいちゃんこそ、要る?こんなにたくさん貰ってるのに・・・。」

 

部屋の片隅の紙袋を指さして、さゆみさんが飄々と言い放つ。

 

「れいちゃんって、モテるんだねー。」

 

さゆみさんほどではないにしろ、私だって下級生の子やファンの皆様から心のこもったチョコを頂いているわけで。なかなかに気合の入ったチョコの箱を、さゆみさんが感心しながら眺めている。

もうちょっと嫉妬してくださってもいいのに。

余裕な態度にちょっと傷つく。

 

「それは、二番手の柚香に頂いたチョコですから!」

「・・・!」

 

さゆみさんが、「そうきたか!」というようなびっくりまなこで私を見つめる。

そうです。

「トップの明日海さん」が存在するならば、もちろん「二番手の柚香」も存在しますよね?

 

「そっかあ。そうだよねー・・・。」

 

言葉を濁して、まだ紙袋をゴソゴソと検証している。

え?本気で何も用意してくださってないとか?

まあ、確かに明日海さんが用意するとなると、組子全員に配らないといけなくなってしまいますけどー・・・。

公演真っただ中でそれどころじゃない。ってのもわかりますけどー・・・。

 

なんだか、愛情に温度差を感じるのは私だけでしょうか?

 

静かに落ち込んでいると、インターホンが鳴る。

 

「お届け物で~す。柚香さんに。」

「え?私ですか?」

 

ドアを開けるとむせかえるほどの薔薇の花束が待っていた。

 

「えっと・・・。」

「柚香さん、で宜しいですね?」

「あ。はい・・・。」

 

呆然としていると、怪訝に思ったのか宅配便のお兄さんが念を押す。

 

「では。失礼します。」

「あ、はい。ご苦労さまです。」

 

バレンタインに薔薇の花束。

心当たりはたくさんあれど、この住所を知ってるのなんてー・・・。

 

送り主の名前を確認するまでもなく、背中から声がした。

 

「ごめんね?ありきたりで。」

「いえっ、そんなっ。私のほうがもっと・・・っ!」

 

薔薇の花束の中には、銀色に光る小さなチョコの箱もセットされていて。

「永遠で唯一の愛を」とさゆみさんの文字で書かれたメッセージカードが添えてある。

感激のあまりお礼を言うのも忘れて、ただただ薔薇をみつめるしかできない。

忙しい合間を縫って花屋さんに足を運んで下さり、「ここに届けてください」と頼んでいるさゆみさんが目に浮かぶ。

よくよく見ると、微妙に色合いやら花びらの形が違うものがセットされていて、ラッピングも素材や質感の違うフイルムやリボンがあしらわれている。

 

「温度差を感じるなんて思ってしまって、ごめんなさい。」

 

私は人間として、まだまださゆみさんの域に達していない。

花組のトップとしても、恋人としても。

本当に懐が深くて・・・想像もできないような広く深い愛で包んでくださる。

 

「感じてたの?温度差?」

「あ。はい。すみません。」

 

心で思っていたことが、うっかり言葉に出てしまっていたようだ。

 

「ふふっ、れいちゃんのそういう素直なところが大好きだよ?」

「・・・なんだか、もう。色々とありがとうございます・・・。」

 

さゆみさんが嬉しそうに私を抱きしめて下さる。

なんだか、もう。本当に色々な感情があふれてしまって・・・。

さゆみさんの胸に顔をうずめて、ほろほろと泣いてしまった。

 

「やだなあ、泣くほどのこと?」

「はい。」

 

素直だけが取り柄の柚香ですので。

ちょっと甘えさせてください。

 

さゆみさんを抱きしめて、さゆみさんの存在を堪能する。

 

「気に入ってくれた?」

「・・・はい。」

 

甘くて優しい声が耳をくすぐる。

 

「よかったあ。あれね。私がアレンジしたんだよ?」

「えっ。そうだったんですか?」

「うん。楽しかったー。ほら、せっかくクリスの時にアレンジメント習ったしさ。」

 

さゆみさん手ずから私のために。私のためを想って。

その気持ちが嬉しくて、また涙が止まらなくなる。

 

「あらら?今日のれいちゃんは泣き虫だねー。」

「さゆみさんが泣かせるんですっ!」

「女の子を泣かせるなんて、恋人失格だよね?」

 

私を抱きしめたままくすくすと笑う。

 

ほんとにもう・・・・。

どうしてくれよう?

 

憎たらしいまでに素敵すぎる私の恋人。