自分のことを誰も知らない世界にきたかった。

僕の世界は・・・あまりにも住むのがしんどい現実だったから。

 

祠堂学院高等学校。

 

豊かな自然に囲まれた、というと聞こえはいいが、単刀直入に言うと山奥高校だ。

良くも悪くも一般世界から断絶された空間ゆえに、地位や名誉を重んじる世間ずれした学生が多い。

 

一時間に一本しかないバスでしか下界に降りることができないせいで、特殊な空気はますます純度が高まってゆく。

 

一般家庭に育った人間にとっては息苦しささえ感じるかもしれないけれど、僕にとっては救いだった。

 

僕のことを誰一人知らない。

ものすごく密度が濃いのに、他人への興味も自分の価値を吟味することに使われる。

 

誰も僕のプライベートにまで介入してこない。

 

・・・兄に犯され・・・そして、殺してしまったことなど。

 

誰も、知らない。

 

 

独り机の木目を数えていると、急に背後が賑やかになる。

 

僕の世界に光が差し込む。

 

 

真っ暗で逃げ場がなくて。

自分ではどうすることもできなくて。

 

太陽の光さえも感じることを忘れていた僕に、光を教えてくれた人。

 

 

・・・ギイ。

 

 

彼がそこに存在するだけで、一面が光輝く。

 

地位も名誉も美貌も兼ね備えた奇跡のような人。

 

 

でも、たぶん、それだけじゃ、ない。

 

だって、他にも似たような境遇の人はたくさんいるのに、彼だけが僕の世界を照らしてくれるのだから。