「ほらっ!腕あげてっ!」
「・・・こう?」
「あーっ!もう、そんなにあげたら寸法狂っちゃうじゃない。」
尻に敷かれた熟年夫婦の夫なんだか、母親に説教される七五三の子供なんだか。
とにかく賑わしいこと間違いない渡辺家、もとい浜尾家のお正月。
ことの発端は、日本人だということを再認識したというまおが急に袴を着たい!と言い出したことに始まる。
「いいんじゃない?まおの和装久しぶりだし、楽しみだよ。」
なーんて他人事のように構えていたのに
「何言ってるの!本家本元、ニッポンのお正月を毎年過ごしている大ちゃんが着なくてどうするの!」
と、あれよあれよという間に着物レンタル店に連れてこられていた。
現代のニッポンの知恵。
便利なサービス。
当然、店で着付けてもらうのかと思いきや、
「自分で着ないと意味ないでしょ?」と、きたもんだ。
仮にも能の舞台に立たせていただいた経験があり、和装が全くできないわけでない。
でも、仕事で着つける時は基本的にはスタイリストさんまかせなため、詳細まで覚えていない。
「やっぱねえ。いいよ、日本文化は。」
ワールトワイドな感覚を養うためにわざわざ渡米までしたというのに、逆に日本文化の良さに気が付いた。と改めてNYで学んだという。
日本人がアメリカで日本文化を学ぶっておかしくないか?
「そうでもないよ。外から見た日本の良さってのもわかるしさ。着付けの先生だって、基本からわかりやすく教えてくれたし。」
「・・・どうりで。」
もともと妥協を許さないまおが、教室にまで通ったという着付けの成果を披露するとなると、うるさくもなるはずだ。
「・・・ほらっ!できあがりっ!!」
ポンっ!と帯締めの部分をたたいて満足そうに微笑む。
俺の記憶にあるまおの笑みはもっとあどけないものだった。
「大ちゃ~ん。これ、わかんないんだけど・・・。」
「・・・あーあぁ。絡まりまくってるじゃん。」
どう結べばいいかわからずにネクタイと葛藤していたまお。
自分の世界でほろほろとしていたかと思えば、俺を見つけた途端にひな鳥のように小走りで跳んできたまお。
今回だって、「こうだろ?」なんて、お兄ちゃんぶりを発揮してまおをリードする構想を描いていた。
まおが大人になったのは認める。
だけど、9歳の年齢差が縮まるわけではないのだから、自分だって大人になっているはずなのに。
「・・・なんというか。お前、しっかりしたというか、昔はもっとかわいかったというか。」
「なにそれ?今でも俺はかわいいけど?」
「お前、昔はかわいいって言ったら子供扱いするな!って怒ってたのになあ。」
「そんなことにこだわらなくなるぐらい、大人になったんです。」
からかいにも素直に弄ばれてくれなくなった。
自分の魅力を否定しなくなったのは、ある意味米国的な価値観なのかもしれないが。
「・・・大人になったぶん、着物がよく似合うようになったな。」
「そう?」
線が細くて中性的なイメージがあったまおの体躯は、重厚さが求められる和装に答えるだけのしなやかな筋肉をまとうようになった。
「大ちゃんにそう言ってもらえて、嬉しい。」
裾をひらめかし、くるりとターンするところは相変わらずといったところか。
大人ぶってはいても、無邪気に喜ぶ仕草はまだあどけない少年を彷彿とさせる。
「ねねっ!せっかくだから、初詣行こうよ!」
「・・・この格好で?」
「この格好だからじゃない。」
「目立つぞ?」
「大丈夫、大丈夫。誰も気がつかないって!」
ぐいっと握られた手は、相変わらず冷たい。
「お前、冷え性治ってないんだなあ。」
「んー・・。体質だからねえ。そんな簡単には。」
「・・・って、外曇ってきてるぞ?」
「・・・嘘っ!」
「雨男も変わってないんだなあ。」
「大丈夫だよ!晴れ男の大ちゃんが一緒だから、お天気もつって!」
「・・・どっちのパワーが強いかが問題だけど。」
「降ったら、降ったときに考えればいいよ。」
「・・・って、お前これレンタルの着物だぞ?」
「よかったね、クリーニングの手間省けて。」
押し問答している間にも、俺の手首をつかんだままのまおは玄関の外に出てしまう。
「久しぶりのデート、なんだしさっ。」
くるり、と振り返ったまおは晴れ晴れとした笑顔で。
「・・・そうだな。」
お空の天気がどーだろうと、お前の笑顔はいつも快晴だよ。
雨に憂いてひきこもるよりも。
外に飛びだして、考えればいい。
・・・だから、お前に惹かれたんだよ。
キラキラとまぶしいほどの行動力と笑顔に。
人間とは、挑戦し続ける生き物である。