次の日は、テストを兼ねてガーデンバーベキューをすることになった。
色とりどりの花々がテーブルを飾り、木々の木漏れ日がグラスの水を反射する。
隅々まで手入れされた芝生は、素足でもいいんじゃないかってぐらい、気持ちいい。
オーナーさんの指示のもと、オープンキッチンで新鮮な肉や魚が次々にさばかれてゆく。
美味しい空気ときれいな景色は、料理をよりおいしく感じさせる。
まだしっかりと馴染みきっていないスタッフさんたちは、思い思いにカラフルな色のカクテルを手に談笑している。
コミュニケーションをとるのも仕事のうち、と言っていたオーナーさんの方針だろう。
堅苦しい空気は全くなく、映画にでてくるようなガーデンパーティーの雰囲気だ。
・・・ぼくは、何をしてたらいいんだろう・・・。
もともと、自分から積極的に話しかけるほど社交的な性格をしているわけでもなく。
未成年だからみんなのようにカクテルを手に、さりげなく会話をふることもできない。
手持無たさに視線を泳がせていると、ガラス張りの窓の向こうで視線が止まる。
・・・あ。渡辺さんだ。
他にも顔見知ったスタッフはいるというのに、彼を見つけた瞬間に目的のものはこれだったのだといわんばかりに心拍数があがる。
レストランスタッフと様々な器を手に、真剣な表情で話し込んでいる。
ガーデンパーティーという性質上、チープな印象を与えずに丈夫でしかも軽い食器を選ぶのに悪戦苦闘しているらしい。
蚊帳の外気分を味わいながら、遠巻きに彼らを眺めていると、ふと顔をあげた渡辺さんがぼくを呼ぶ。
「おっ!浜尾!いいところにいた。この食器を運んでくれるか?」
手渡されたのは、真っ白い陶磁器のスクエアプレートだった。
数枚重ねて渡されると、ずっしりと重みがある。
「俺はこっちのグラスを運ぶから。」
ガーデンの一角に設けられたスペースでバーテンダーさんがシェイカを振ってくれている。
様々な色とりどりのカクテルをこぼれんばかりにトレイに載せて運ぶのはとても大変そうだ。
談笑している人々の間を、優雅な身のこなしでカクテルをすすめる渡辺さんはかっこいいけれど。
お酒のすすむペースにもばらつきがあるから、空のグラスがあったり、カクテルはできあがっているのに運ぶのが間に合わなかったり。
渡辺さんだからこそこなせているんだろうけど、流動的に動くお客さまを把握するのも大変そうだ。
・・・これに、子供なんかがいたらぶつかったりしてグラスが割れたりでもしたら危険だ。
「・・・楽しんでるか?」
「まだまだ緊張のほうが強くて、楽しむまではなかなか。」
「お前、真面目そうだもんなあ。」
ふっと相好を崩すと八重歯がちらりと見えるのが意外にも愛らしい。
レストランの壁を背に、彼が並んでもたれてくる。
美しいけれどどこか寂しかった空気が、ほわりとしたあったさに包まれる。
「正直言うとさ。レストラン内でフルコースのほうがサービスする側としては楽なんだよな。でも、せっかくのこのロケーションを活かしたいってオーナーさんの強い希望があって、天候のいい日はガーデンパーティー形式ですすめようと思ってるんだけど・・・。」
そのまま言葉を切ってしまった渡辺さんの言わんとすることが、ぼくの言いたいことと同じような気がして。
差し出がましいとは思ったけれど、思い切って自分の意見を口にしてみた。
「ガーデンパーティ自体はすごく素敵だと思います。この景色も空気もまるごとご馳走ってのが感じられるし。料理を立食形式にしてるんだから、カクテルもセルフにしたらどうでしょうか?こちらが動くのがサービスって考え方が基本だとは思いますが、自分でオーダーして目の前でシェイカー振ってもらうのを眺めるのも楽しいと思います。お待たせさせないし、反対に無駄がでることもない。たくさんのグラスを持って行き来する危険も回避できますし・・・って、すみません。何もわかってないのに。」
大好きなお仕事のお話をふられて、ついつい熱く語ってしまった。
・・・新入りのくせに生意気、とか思われなかったかな・・・。
こわごわと隣を見ると、びっくりしたような表情の渡辺さんと目があった。
「・・・お前って、実はよくしゃべるんだな。」
「・・・すみません。」
悪い意味で言ってるんじゃないよ。と、くしゃり、と頭を撫でられる。
「せっかくいいアイデアを持っていても声に出さないと伝わらないからな。オーナーさんにも伝えておくよ。・・・それに、そうやって楽しそうに話しているほうが魅力的だ。」
最後にとんでもないことを言われたような気がするけど、いつもの穏やかな笑顔のままで幻聴だったのかとも思う。
新人の戯言を笑い飛ばされなかっただけでもほっとしたのに、「いいアイデアだ。」と認めてくれた。
それだけで十分すぎるぐらい幸せで、もしかしたらぼく個人にも興味をもってくれてるなんて自惚れは、しんどくなる・・・。
ぼくが彼に惹かれるのは、ここにきて不安だった時に話しかけてくれたから。多分、それだけ。
きらくらと木漏れ日が差す木の下で、他のスタッフさんと談笑している彼の背中がとても遠く感じられた。
この高原ホテルで働き出して、3ヶ月が経った。
人見知りなぼくも、このホテルの雰囲気にすっかり慣れて軌道にのってきた。
アットホームな雰囲気のサービスと、都心からほど近いのに大自然のロケーションが味わえるというキャッチコピーが口コミで広まり、客室もほぼ満室状態の毎日が続いている。すでにリピーターのお客さまも存在し、ここが愛されているという実感も沸いてきて、益々仕事にも熱が入る。
実際にオープンしてみないとわからないような細々とした新たな課題もたくさん見つかり、対応に追われる毎日だった。
「やっぱ、お掃除は完璧にしておかないと・・・ね。」
どんなに豪華なスイートルームでも床に落ちている髪の毛一本で一気に興ざめするというもの。
衛生面は設備やサービス以上に、一旦「不衛生だ。」というレッテルを貼られてしまうと、口コミで悪い噂が広がって信用を落としてしまう。
たかが清掃員、と実際に働くまで馬鹿にしていた部分もあったけれど、今ならオーナーさんが清掃員から下積みして、って言ってくれた意味がわかる。
部屋を掃除することで、お客様がどんなふうにお過ごしになられたのかを知ることもできて勉強になるし、一点の曇りもなく磨かれた硝子は、わかりやすい達成感をもたらしてくれる。
「・・・ふう。今日も全室、ですか・・・。」
やりがいがある。のは嘘じゃないけど、毎日20部屋のクリーニングをこなすのは結構な重労働だ。
山と詰まれたリネンのカートを押して部屋を回っていると、いつの間にか渡辺さんがやってきて手伝ってくれる。
最初は忙しいじゃあ。って遠慮してたけど、二人でしたほうが仕上がりが綺麗だし、手が空いているときしか声かけないから。と言われれば断る理由もなくいつの間にやら二人でベッドメイキングをするのが恒例になってしまった。シーツを広げるタイミングをお互いの目配せで合図しあうのも、二人だけの特別な合図のような気がして、胸の奥がこそばゆい。
「あれ?これ、忘れ物かなあ?それとも、わざと捨てていってるのかなあ?」
判断に迷うことがあれば、何でも彼のところに相談に行った。
清掃員だから、って差別したり軽んじたりされることもなく、一人のスタッフとして耳を傾けてくれ、仕事ぶりを認めてくれる。間違いを犯したら、ちゃんと指摘してくれる。9つも年上でキャリアもあるのに偉そうなところはなく、気さくな態度で接してくれる。このホテルの一員として欠けてはならない存在なんだよ。と教えてくれて・・・。
僕は、渡辺さんのことを、すっかり信頼しきっていた。
色とりどりの花々がテーブルを飾り、木々の木漏れ日がグラスの水を反射する。
隅々まで手入れされた芝生は、素足でもいいんじゃないかってぐらい、気持ちいい。
オーナーさんの指示のもと、オープンキッチンで新鮮な肉や魚が次々にさばかれてゆく。
美味しい空気ときれいな景色は、料理をよりおいしく感じさせる。
まだしっかりと馴染みきっていないスタッフさんたちは、思い思いにカラフルな色のカクテルを手に談笑している。
コミュニケーションをとるのも仕事のうち、と言っていたオーナーさんの方針だろう。
堅苦しい空気は全くなく、映画にでてくるようなガーデンパーティーの雰囲気だ。
・・・ぼくは、何をしてたらいいんだろう・・・。
もともと、自分から積極的に話しかけるほど社交的な性格をしているわけでもなく。
未成年だからみんなのようにカクテルを手に、さりげなく会話をふることもできない。
手持無たさに視線を泳がせていると、ガラス張りの窓の向こうで視線が止まる。
・・・あ。渡辺さんだ。
他にも顔見知ったスタッフはいるというのに、彼を見つけた瞬間に目的のものはこれだったのだといわんばかりに心拍数があがる。
レストランスタッフと様々な器を手に、真剣な表情で話し込んでいる。
ガーデンパーティーという性質上、チープな印象を与えずに丈夫でしかも軽い食器を選ぶのに悪戦苦闘しているらしい。
蚊帳の外気分を味わいながら、遠巻きに彼らを眺めていると、ふと顔をあげた渡辺さんがぼくを呼ぶ。
「おっ!浜尾!いいところにいた。この食器を運んでくれるか?」
手渡されたのは、真っ白い陶磁器のスクエアプレートだった。
数枚重ねて渡されると、ずっしりと重みがある。
「俺はこっちのグラスを運ぶから。」
ガーデンの一角に設けられたスペースでバーテンダーさんがシェイカを振ってくれている。
様々な色とりどりのカクテルをこぼれんばかりにトレイに載せて運ぶのはとても大変そうだ。
談笑している人々の間を、優雅な身のこなしでカクテルをすすめる渡辺さんはかっこいいけれど。
お酒のすすむペースにもばらつきがあるから、空のグラスがあったり、カクテルはできあがっているのに運ぶのが間に合わなかったり。
渡辺さんだからこそこなせているんだろうけど、流動的に動くお客さまを把握するのも大変そうだ。
・・・これに、子供なんかがいたらぶつかったりしてグラスが割れたりでもしたら危険だ。
「・・・楽しんでるか?」
「まだまだ緊張のほうが強くて、楽しむまではなかなか。」
「お前、真面目そうだもんなあ。」
ふっと相好を崩すと八重歯がちらりと見えるのが意外にも愛らしい。
レストランの壁を背に、彼が並んでもたれてくる。
美しいけれどどこか寂しかった空気が、ほわりとしたあったさに包まれる。
「正直言うとさ。レストラン内でフルコースのほうがサービスする側としては楽なんだよな。でも、せっかくのこのロケーションを活かしたいってオーナーさんの強い希望があって、天候のいい日はガーデンパーティー形式ですすめようと思ってるんだけど・・・。」
そのまま言葉を切ってしまった渡辺さんの言わんとすることが、ぼくの言いたいことと同じような気がして。
差し出がましいとは思ったけれど、思い切って自分の意見を口にしてみた。
「ガーデンパーティ自体はすごく素敵だと思います。この景色も空気もまるごとご馳走ってのが感じられるし。料理を立食形式にしてるんだから、カクテルもセルフにしたらどうでしょうか?こちらが動くのがサービスって考え方が基本だとは思いますが、自分でオーダーして目の前でシェイカー振ってもらうのを眺めるのも楽しいと思います。お待たせさせないし、反対に無駄がでることもない。たくさんのグラスを持って行き来する危険も回避できますし・・・って、すみません。何もわかってないのに。」
大好きなお仕事のお話をふられて、ついつい熱く語ってしまった。
・・・新入りのくせに生意気、とか思われなかったかな・・・。
こわごわと隣を見ると、びっくりしたような表情の渡辺さんと目があった。
「・・・お前って、実はよくしゃべるんだな。」
「・・・すみません。」
悪い意味で言ってるんじゃないよ。と、くしゃり、と頭を撫でられる。
「せっかくいいアイデアを持っていても声に出さないと伝わらないからな。オーナーさんにも伝えておくよ。・・・それに、そうやって楽しそうに話しているほうが魅力的だ。」
最後にとんでもないことを言われたような気がするけど、いつもの穏やかな笑顔のままで幻聴だったのかとも思う。
新人の戯言を笑い飛ばされなかっただけでもほっとしたのに、「いいアイデアだ。」と認めてくれた。
それだけで十分すぎるぐらい幸せで、もしかしたらぼく個人にも興味をもってくれてるなんて自惚れは、しんどくなる・・・。
ぼくが彼に惹かれるのは、ここにきて不安だった時に話しかけてくれたから。多分、それだけ。
きらくらと木漏れ日が差す木の下で、他のスタッフさんと談笑している彼の背中がとても遠く感じられた。
この高原ホテルで働き出して、3ヶ月が経った。
人見知りなぼくも、このホテルの雰囲気にすっかり慣れて軌道にのってきた。
アットホームな雰囲気のサービスと、都心からほど近いのに大自然のロケーションが味わえるというキャッチコピーが口コミで広まり、客室もほぼ満室状態の毎日が続いている。すでにリピーターのお客さまも存在し、ここが愛されているという実感も沸いてきて、益々仕事にも熱が入る。
実際にオープンしてみないとわからないような細々とした新たな課題もたくさん見つかり、対応に追われる毎日だった。
「やっぱ、お掃除は完璧にしておかないと・・・ね。」
どんなに豪華なスイートルームでも床に落ちている髪の毛一本で一気に興ざめするというもの。
衛生面は設備やサービス以上に、一旦「不衛生だ。」というレッテルを貼られてしまうと、口コミで悪い噂が広がって信用を落としてしまう。
たかが清掃員、と実際に働くまで馬鹿にしていた部分もあったけれど、今ならオーナーさんが清掃員から下積みして、って言ってくれた意味がわかる。
部屋を掃除することで、お客様がどんなふうにお過ごしになられたのかを知ることもできて勉強になるし、一点の曇りもなく磨かれた硝子は、わかりやすい達成感をもたらしてくれる。
「・・・ふう。今日も全室、ですか・・・。」
やりがいがある。のは嘘じゃないけど、毎日20部屋のクリーニングをこなすのは結構な重労働だ。
山と詰まれたリネンのカートを押して部屋を回っていると、いつの間にか渡辺さんがやってきて手伝ってくれる。
最初は忙しいじゃあ。って遠慮してたけど、二人でしたほうが仕上がりが綺麗だし、手が空いているときしか声かけないから。と言われれば断る理由もなくいつの間にやら二人でベッドメイキングをするのが恒例になってしまった。シーツを広げるタイミングをお互いの目配せで合図しあうのも、二人だけの特別な合図のような気がして、胸の奥がこそばゆい。
「あれ?これ、忘れ物かなあ?それとも、わざと捨てていってるのかなあ?」
判断に迷うことがあれば、何でも彼のところに相談に行った。
清掃員だから、って差別したり軽んじたりされることもなく、一人のスタッフとして耳を傾けてくれ、仕事ぶりを認めてくれる。間違いを犯したら、ちゃんと指摘してくれる。9つも年上でキャリアもあるのに偉そうなところはなく、気さくな態度で接してくれる。このホテルの一員として欠けてはならない存在なんだよ。と教えてくれて・・・。
僕は、渡辺さんのことを、すっかり信頼しきっていた。