今はゆんと語り合いたかった。
空気のように側にいて、馬鹿笑いして、居心地のよいあの時間を実感したかった。

自分だけがこんなに不安定なのだろうか?という不安を胸に、ゆんにコールする。

・・・なかなか、繋がらない。

思い返してみれば、自分から誘いをかけることなんてなかった。
相手が出ない。というのがこんなに不安になるものだなんて知らなかった。
自分が会いたいときに会えないもどかしさや寂しさなんて、考えたこともなかった・・・。

今日はオフって言ってたよな?

もしかして、怒らせてしまったのだろうか?
鈍感だった俺に、愛想をつかした?

誰かにすがりたい。と願う時は、思考が引きずられるようにマイナスになってゆく。
耐え切れなくなって、通話終了のボタンに触れようとした瞬間にゆんの声が聞こえた。

<・・・もしもし?大ちゃん?>

いつもより、少し硬い気がするゆんの声。
やはり、昨夜のことで機嫌を損ねただろうか?

<・・・昨日はごめんな?>
<ううん。本当にたまたま近くを通りかかっただけだから>

気にしないで。と気配りを見せてくれるゆんの優しさに救われる。
俺がまとめて支えてきた。と自負していたけれど、本当はみんなに支えられていたんじゃないだろうか?
だから、離れ離れになってしまうと、土台を失ったようにぐらぐらと揺れてしまう。

卒業してみて、自分の中で本当に大切な中までウエイトを大きく占めていたんだ、と再認識する。

<あのさ。侘びと言ってはなんだけど、今夜うちに呑みにくるか?>

なのに、素直に会いにきてほしい。と言えない天邪鬼な自分がもどかしい。

逡巡するように沈黙が流れる。
ゆんの都合のせいにして、自分の弱さをさらけ出せない本心に気がつかれてしまっただろうか?

珍しく返事をためらうゆんに、「無理だったらいいよ。」と声を掛けようとして口を開いた瞬間に耳に飛び込んできた言葉は意外な一言だった。

<・・・好きだよ>
<・・・え?>

我ながら、マヌケな返事だと思うけれど、予想外の変化球が飛んできたみたいで、受止めそこねる。

<今、なんつった?>
<好きだよ。無断でどこかにお泊りしてしまう大ちゃんを憎い、と思ってしまうぐらいに>

ゆんの声が震えている。
思いつめたように真剣な声色は、思いつきで発した言葉でないことぐらい、すぐにわかる。

何か、から逃げるように一晩中騒いでいた間、ゆんはずっと悩んでいた、というのか。
もしかしたら、昨日家に来ていたのは、そのせい?

何も言わなくても、俺のことを理解してくれて。
阿呆みたいに馬鹿騒ぎにつきあってくれて。

・・・その裏で、何を考えていた?
俺は、ゆんを苦しめて、いた??

<・・・ごめんね。どこでどうしようと、大ちゃんの勝手だよね。でも、駄目なんだ。
なんだか、大ちゃんの隣がぼくの指定席みたいな感じだったから・・・。
一番の理解者で、気兼ねなくくつろげて、責任感の強すぎるところフォローしてあげたい。って思ってた。
裏切って、ごめんね。
信用してくれてたのに、本当はぼくのことだけ見てくれたらいいのに。って嫉妬してた。
自分ばっかり空回りして、しんどい。って勝手にしんどくなって・・・。>

甘え、傷つけていたのは俺だというのに、悪いのは自分だ、と切々と訴えるゆんの気持ちが、痛い。

居心地がいい。と、己の欲求のままに寄りかかっていた裏で、ゆんが犠牲を払って支えてくれていたことも。
・・・・こんなにも広く、深く愛してくれていた、と言うことも。

何も、知らなかった。

・・・どうして、寂しい。だなんて思ってしまったのだろう。

ちゃんと、ここには居場所があって。
俺は一人ぼっちじゃないことを教えてくれる存在があったのに。

今までゆんを随分とぞんざいに自分勝手に振り回してきた気がする。
・・・そして、こんなにも必要だとしてくれていた俺自身も、軽ろんじていた気がする。

仲間、とひとくくりにして考えてしまうから不安定になってしまったけれど。
一人一人との絆が切れてしまったわけでは、ない。

ゆんに対して、申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちでいっぱいになりながら、堰を切ったよう話すゆんの話に耳を傾ける。

<・・・だから、ごめん。部屋で二人っきりになるとか、無理。
大ちゃんだって、気持ち悪いでしょ?実はぼくが、こんなふうに考えてた、だなんてわかったら・・・・>

そして、これで終わりだから。とばかりに締めくくられた言葉に、受け取ったつもりの変化球がゴトン。と落ちてしまったような衝撃を覚える。

<・・・言いたいことは、それだけか?>

吐きだすだけ吐きだして。
俺の気持ちなんて、考えもせずに。

<お前なあ。自己完結してんなよ。気持ち悪いとか、今更思うわけねーだろ?
・・・むしろ、追い詰めていたことを全然気がつかなかった自分にがっかりしてるよ>

本当に。
メンバーのそれぞれの個性を理解して、ケアする。
なーんて、思っていた自分が馬鹿らしい。

技術だとか、全体のまとまりだとか。
そんなことはケアできても、芯の部分で何を感じているか。なんて、何もわかっていなかったのかもしれない。

<気持ちに名前をつけようとするからややこしくなるんだよ。
ゆんが俺のことを友情だろうが、恋だろうが、想ってくれているのは事実で、愛は愛だろ?
実際、今までもたくさん助けられてきたし。>
<・・・・うん>

要するに。
形や名前は何であれ。

思いの深さというものに、意味があるのだ。とわかった。

どこまでが友情で、どこまでが愛情かなんて、正直わからない。

ゆんが大人だったわけでも、空気のように俺を理解してくれていたわけでもない。

俺の背負う荷物を少しでも軽くしてくれようと、大人になろうとしてくれていた。
空気の微妙な変化を敏感に察知して、理解しようとしてくれていたんだ。

・・・ありがとう。ゆん。

そう伝えたいのに、ゆんの今まで抱えてきた重さを考えると、今の未熟な俺では受止めきれない気がして。
ありがとう。と言ってしまうには、同じだけの感情を返せないのに、残酷な気がして。

<それとも、何か?お前、俺と二人っきりになったら押し倒したいとか思うわけ?>
<・・・んなわけ、ないでしょ!>

思わず茶化してしまうと、ゆんが全力で否定してくる。

ゆんに押し倒される俺、というのを想像しようとして失敗する。

だけど、キッチンでコーヒーを淹れながら、俺がくつろいでいるのを眺めているのは容易に想像できて。

ゆんの感情の名前が何であれ。
ゆんが必要なことに変わりはなくて。
必要とされることで、救われてきたことは事実で。

<俺のわがままかもしれないけど。
騙されたとか思ってねーし、お前さえしんどくないなら、今まで通り付き合っていきたいんだけど。
そもそも、恋人だからって24時間欲情しているわけでもなし。
やっぱ、気持ちが一緒にいて落ち着ける存在ってのが、一番だろ?
そういう意味では、お前は恋人よりも、近い存在だよ>

そもそも、感情にはっきりとした名前なんてあるのだろうか??

恋というものが、一時的な情熱にうかされて、高揚した気持ちになり幸せを感じるものならば。
それを永続的に続く愛情に変化させるほうが、難しいかもしれない。

友情の根底にあるものが、すでに揺るがない愛情だとするならば。
穏やかに、永遠に続く冷めることなき愛情なのだろう。




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長かかったですね。
もう一息、まおとのことの気持ちまで描きたかったのですがW
旦那さまが帰ってきて、野球を見始めて落ちつかないので、ここまでW