だんだんと辺りが薄暗くなってくる。

お別れ、の時間が近づいてくる。
どんなことがあっても、門限は厳守する大ちゃんのことだから。

向かい合って晩御飯を食べる手が、止まりがちになる。
これを食べてしまえば、お別れ。だろうから。

映画が永遠に終らなかったらよかったのに。
このお店だけふわっと浮き上がって、外にでれなくなったらいいのに。


タバコの箱をトントンと叩いてテーブルに出す。
「いい?」と視線だけで問いかけて、火をつける。
ふうっとぼくにかからないように、煙を吐き出す。

見慣れた仕草だったはずなのに、ひとつひとつの仕草が脳裏にやきつく。
・・・この腕に、指先に、触れられていたんだ。と、ぬくもりを思いだす。

好き。好き。どうしようもないぐらい、好き。

さりげない仕草のすべてにときめき。
進むべき道がはっきりと見えていて、努力を惜しまず、いつも謙虚で。
自分の演技に対して妥協しないのに、ちゃんと周りも見えていて、気配りしてくれる。

たぶん、最初は憧れだった。
こんなふうになりたいな。と自然に視線で追いかけるようになっていた。
一方的に見詰めるだけで満足だったのに、いつからかちゃんと見詰め返してほしい。
と、願うようになっていた。

何を思っているの?
その指先は、何を語るの??

じいっと、タバコをくゆらす大ちゃんの指先を見詰める。
「楽しいデートだったよ。」で終ってしまっては、せっかく勇気をふりしぼって連絡した甲斐がない。
からかいのネタとして隣にいたいんじゃない。

机の下で、ぎゅう!と拳を握る。

神様。ぼくに、勇気をください。


「あの・・。あのね。」
「・・・ん?」

ふうっと煙を吐き出した大ちゃんが、視線だけこちらにくれる。

「あの。テニミュを卒業してから、大ちゃんのことばっかり考えてた。
寂しかった。・・・あ、でもこれは他のメンバーには感じる寂しいとは、ちょっと違うくて。
えっと、好き・・・なんだと思う・・・。」

最後ほうは、消え入りそうな声になってしまっていた。
・・・ちゃんと、聞こえただろうか?

びっくりされるだろうか。
気持ち悪がられるだろうか。

大ちゃんの答えを聞くのが怖くて、びくびくしながらうつむいていると、タバコの火を消す指先が見えた。

「・・・あのさ。まお。」

いつもと変わらない口調。
でも、真剣に話をするときの、口調。

普通に話ができることに少しだけ安心して顔をあげると、諭すような顔をした大ちゃんがいた。

「まおぐらいの年齢のときってさ。恋に恋するっつーか。
多分、恋人役なんて演じてしまったから、勘違いしているだけだよ。
お前、キスだって初めてだったろ?初キスの相手はトクベツな存在に感じてしまうのもよくある話しだし。」

・・・そんなふうに思われてたんだ。
だから、あんなに平然と何を言われても冗談で流して。
もしかしたら、ぼくが自覚するよりも早くにぼくの恋心に気がついてて。
そのうちほとぼりが冷めるだろう。ぐらいに思われてたんだろうか。

違う。

恋人同士を演じたから好きになったんじゃないのに。
大ちゃんの生き方すべてが尊敬できて、好きなのに。

「・・・信じてくれないの?」
「信じるとか、信じないじゃなくて、勘違いしてるだけってゆーか。」

「どうせ、ぼくは子供だよっ!」


ガタンっ!と椅子を蹴って、外に走りだす。

「・・・バカッ!バカッ!!」

あふれでる感情をどこにぶつけたらいいのかわからずに、拳をぎゅっと握り締めながら小さく叫ぶ。
すれ違う人たちが、何事か?と振り返るけれど、脇目もふらずに全力疾走する。

どこかへ。
とにかく、ここじゃないどこかへ行きたかった。


人通りの少ない裏路地にたどり着くと、糸がプツンと切れたようにへたりこむ。


いっそのこと、「気持ちは嬉しいけど、ごめん。」と断られたほうがよかった。
こんなにも好きなのに、届けることさえできなかった。
信じてもらうことさえ、できなかった。

本気、なのに。

勘違いだけで、こんなにも胸が苦しくなるはずないじゃないか・・・。


ポタポタとアスファルトに雫が落ちる。

「ばか。ばかぁ・・・・。」


落ち込んで泣いていたら、「気にすんなよ。」って肩を抱いてくれたあの大きな手のひらは、
ない。

「ほら。」ってティッシュを出してくれた笑顔はない。


一人で泣いていることが、たまらなく寂しくて。

苦しくて、悲しくて、潰れそうだよ・・・。