結局何も決まらないまま、日曜日がやってくる。

今更、顔立ちなんて変わるわけがないんだけど、ちょっとでも大ちゃんみたいに彫りの深い鼻筋の通った顔になりたくて、鼻の横をぎゅうぎゅう押してみたりした。
お母さんの使っていた高そうな化粧水を使って、毎晩お手入れもした。

努力でどうにかなるものではない。
それでも、何かせずにはおられない。

日曜までの毎日は、随分と長いようでいて。
なのに、自分の中の何かを成長させるには短すぎる気がした。


大ちゃんと並んでも、少しでも違和感がないように、何パターンも考えたコーディネートから、一番大人っぽいのを選んだ。
約束の3時間も前から起きて、朝から洗面所を一時間も占領して兄に怒られた。

そわそわとしているのを、家族に勘づかれるのが恥ずかしくて、予定の一時間も前に家を出た。
待ち合わせの時間つぶしに、いつもはスマホをいじっているのに、今日はそんな気分になれなかった。
時間までまだまだある、と、わかっているのに、駅のホームからどっと人が出てくるたびに、鼓動が速くなる。

「心臓、もつかな・・・。」

会う前から、こんなにドキドキしていてどうするんだろう?


「・・・あ。」

おおぶりのサングラスに、黒のジャケットを羽織って、颯爽と歩いてくる。
背筋がぴんと伸びていて、凛とした美しさを感じる。

その他大勢、の中で、キラキラとしたオーラを放っている。
数ヶ月ぶりだけど、またかっこよくなった気がする。

「やっぱ、カッコいいなあ・・・。」

「久しぶり。」と声を掛けられるまで、ぼーっと見蕩れてしまっていた。


「・・・あ。久しぶり。」
「元気してた?」
「・・ん。まあまあ。」

「どこ行く?」
「・・・どこでも。」
「行きたいところ、考えとけ、って言ったろ?」

会話できる。というだけで嬉しくて、聞かれることに答えることしかできない。

「ま、いっか。ちょっとそこら辺、ぶらぶらする?」
「・・・あ。うん。」

秋の新作が並ぶショッピングモールの中を、あーでもない、こーでもない。
と、言いながら歩く。
本屋に寄って、最近大ちゃんがはまっている小説を教えてもらう。
CD屋さんで、お互いにおすすめの曲を一緒に視聴する。

要するに、歩いているだけ。なのに、夢のように時間が過ぎてゆく。

「あ~。これ、もう公開されてたんだ。ちょっと観てもいい?」
「いいよ。」

やっぱり、ヒューマンものが好きなんだ。
家族愛を描いた作品のポスターが貼られた映画館の前で足を止める。

「やっぱ、映画にはポップコーンでしょう!」
「同感っ!」

大盛りのポップコーンを買って、映画館に入る。

照明が落ちると、大ちゃんの存在が急に近く感じた。
まるで、右半身だけ温度が違うみたいだ。
ちらり、と右隣を見ると、大ちゃんは熱心に画面に見入っている。

(そりゃ、そうだよね。この映画見たかった。って言ってたもんね。)

たまたま、そこにぼくが居合わせただけで。
隣に座っているというだけで、意識しているのはぼくだけ。

(ああ。でも数時間もこうやって隣の席を占領できるって、幸せだな)

今までは、常に他の誰かがいた。
メンバーの一人、でしかなかった。

ポップコーンに手を伸ばすと、同じタイミングで手を伸ばしてきた大ちゃんと指先が触れ合う。

「あっ。ごめっ・・・。」

慌てて、小声で引っ込めるけど、大ちゃんは気がついていなかったかのように、
そのまま頬杖をつきながらポップコーンを口に放りこむ。

指先が、熱い・・・。

ほんの偶然の数時間かもしれないけれど、ぼくにはトクベツな時間だった。