財布と携帯電話だけをジャケットのポケットに押し込んで、電車に乗る。
流れてゆく景色は、期待と絶望の入り混じった複雑な色をしていた。

もうすぐ解放される。
同時にやってくる終わり。

心臓が早鐘のように打つ。
手先の隅々まで、いま、この瞬間を覚えておこうと思う。

大ちゃんに・・・恋。した自分を。


<・・・もしもし?大ちゃん?>

大ちゃんのマンションの前まで来て、電話する。
いきなりインターフォンを押す勇気はさすがになかったから。
見上げた窓には明かりがなく、ここまできてどこか安堵している自分がいる。

<今、大ちゃんのマンションの下にいるんだけど。
明日オフだから、会えるかな?と、思って・・・>
<・・・あ~。わりィ。今、ちょっと出かけてて・・・>

しばらく沈黙が流れた後、歯切れの悪い返事が返ってくる。
こんなふうに言葉を濁すのは、珍しい。
第6感とも言うべきものが、追求してはいけない。と警告を鳴らす。

<待ってても、いい?>
<あ~。ちょっと何時になるかわかんねーから、ごめん>

<なんか、用事だった?>
<・・・ううん、近くを通りかかったら、ちょっと寄ってみただけ>

うんと強がっている証拠に、携帯を握り締める手が震えている。

・・・声は震えていないだろうか。
自然に嘘がつけただろうか。

ピシッ。

ほら、また亀裂が入った。
自分も、大ちゃんも、騙し続けることは、もう限界だった。

・・・このままじゃ、内側から壊れてゆくよ・・・。


マンションの壁にもたれて、空を仰ぐ。

ぼくの心は差し出すばかりで、行き先を知らない。
どこまでも、どこまでも、一人で空高く飛んで行って、やがて空気もなくなって。
塵のように消えてしまうんだろうか。

ほら、指定席に座って待ってるよ。

だから、ちゃんと終らせて。

帰ってこないことを知らないまま、ずっと待ち続けるほうが、辛いよ。


星がまたたく。
月が、美しく光る。

人々が生活する気配を感じていた雑踏もいつしか消え、ただ時間だけが過ぎてゆく。


「・・・あ。」

一睡もできないまま、夜が明ける。
泣き腫らした目に、神々しく輝く檸檬色の朝焼けはあまりにもまぶしくて、容赦ない輝きでぼくを照らす。

「それでも、朝は来る。か・・・。」

どこかで聞いたことのあるセリフを思わずつぶやきたくなるほど。
未来は待ってはくれない。

とにかく歩くかなくちゃいけない。

そんな焦燥感に駆られて、重く冷え切った身体をのろのろと起こした。