春のやわらかな風が頬をなでてゆく。
瞳を閉じると、ほんのり甘い香りが鼻先をくすぐってゆく。

土ぼこりの懐かしい匂い。
時折触れるやわらかい花びらの感触。

このままこの空気に溶けてしまえそうな気がして、ふらふらと誘われるまま窓際まで行くと、両手を広げた。

一段と冷たい空気に触れたとき、後ろから強く抱き締められた。

「・・・ん?何?」

目を開けると、不安そうな大ちゃんの瞳がすぐそばにあった。

「・・や。なんかお前、どっか飛んでいってしまいそうだったから。」
「・・・な、わけないでしょ?ここ二階だし。ベランダ手すりあるし。」

ふふっ。と笑って見せるけれど、こんな不安そうな瞳をさせてしまうのは、おれのせいだとわかっている。
色んなことに興味があって、次々に趣味も交流関係も変化するのを、黙って見守っていてくれる。
自分のやりたいこと。を第一に選択したとしても、応援してくれた。

申し訳なさと、嬉しさ。
相反する気持ちがせめぎあう。

不安にさせてごめんね。と思う反面、離したくない。と束縛したがっている本音に愛情を感じる。

なんてわがままで、なんて贅沢なんだろう。

「・・・そうだよな。飛べるわけないか。」

納得したように腕をほどいた大ちゃんが「飲むか?」と缶ビールを持ってくる。

「やったあ!やっぱお花見といえば、ビールでしょうっ!」
「・・・って、言うと思った。」

必要以上にはしゃいでみせると、大ちゃんがほっとしたようにため息をつく。

プルタブがぷしゅっ!と小気味いい音をたてる。
細かい泡が一気に溢れ出す。

「わわわっ!」

大ちゃんの横顔がすっと横からやってきて、こぼれそうになった泡をすくった。

「相変わらずそそっかしいなあ。お前は。」
「そんなことないと思うけどなあ?」

おれだって口には出さないだけで浮かれているのだ。
久しぶりの逢瀬に。
二人っきりの旅行気分というやつに。