「ばーちゃん家に行こうっ!」
「・・・えっ!?」

突然明日の予定が決まったように、ゴロゴロとソファでくつろいでいた大ちゃんががばっと上半身をおこすを

「どうしたの?急に。」
「見せたいものがあるから。」

大ちゃんにしては、珍しい。と思っていた突然のお誘いだったけれど。
次の日の朝、駅の改札で「どこまで買えばいいの?」
と、斜め上を見上げたときには、「もう、用意してる。」と、おれの分の切符を渡された。

新幹線と、鈍行列車を乗り継いで着いた先は、ほどよく昭和の雰囲気が残る田舎町だった。

舗装されたアスファルトを歩いていると、幾台かの車がとおりすぎるけれど、
水路を挟んだ向こうからは、土の香りが鼻腔をくすぐる。
一面の菜の花が、風に揺れていて春の気配を感じる。

前を歩く大ちゃんの背中がどこかしっくりきている。と思うのは、やっぱり地元にいるせいだろうか?
のどかな田舎町、では大ちゃんのモデル並のプロポーションも、隙のない歩き方も、決して似合う、とは言いがたいのだけれど。
なんというか、背中が和んでいる、という気がする。

「ばーちゃんっ!ただいまあ。これ。まお。」

ガラリ。と音を立てて引き戸を開けると、奥に向かって大声で叫ぶ。
シンプルで、いくぶん乱暴とさえ思える「ただいま。」の挨拶に、びっくりしていると、
おれの手を引いてどんどん奥の部屋にはいってゆく。

「ばーちゃん?ただいまってば!」

コタツに入ってテレビを見ていた老人がゆっくりと振り返る。

「ああ。おかえり。」

まるで、「おかえり。」と言うのが当然かのように、おれたちを見上げて笑う。
笑うと目がなくなってしまう優しい眼差しが大ちゃんに似ている、と思った。
のんびり、ゆったり過ぎてゆく時間の中で、淡々と日常を過ごしている余裕みたいなものを感じる。

きっと、今日の一大ニュースと言えば、飼い猫が段ボールに頭を突っ込んで取れなくなったんだよね。
とか、そんな平和な世界なんだろう。

おれを見ても
「ああ。あんたがまおちゃんかい。めんこいねえ。まあ、ゆっくりしておいで?」
と、当たり前のように皺だらけの手で、頭をなでてくれる。

「帰ってくるだけの度胸がついたから、な。」

土間で靴を脱ぎながら独り言のようにつぶやく大ちゃんは、どこか誇らしげだ。

「やっぱさあ。いいよなっ!ばあちゃんちっ!和むっつーか、落ち着くっつーか。」

うーんと背伸びをして天井を見上げる。
どっしりとした梁が天井を支えていて、マンションとは違う安定感がある。
この地で一生生きてゆくんだ。という覚悟のような強さが。

「どうして、今まで帰れなかったの?」
「・・・ん?だって、怖かったから。」
「・・・怖い?」

「まおは、怖くなかった?・・・あ、そっか。お前実家だったもんなあ。」

言われている意味がわからず、首を傾げる。

「どうしようもなく未熟な自分とか。もがいても、もがいても届かない目標だとか。
でも、すべて成長するためには乗り越えないとけない壁で。
ここに帰ってきちまうと、何だか信じてきたものがつまらなく思えてしまいそうで、戻りたくなくなってしまいそうで、怖かったんだ。
自分の居場所がここにある。って思わないほうが、頑張れるというか。」
「・・・そ、なんだ。」

だから、あんなにがむしゃらに上を目指せ、って頑張ってたんだね。

「そうそう。ここの桜は絶景なんだぜ。」
「・・・桜?」

「見せたいものが、あるっつったろ?」

おれの腕を引いて、二階にあがってゆく。
足元で古ぼけた木がきいきいと音をたてる。

人一人分やっと通れる狭い階段を登りきると、さあっとピンクの花びらが舞ってきた。

「わあっ・・・!」

開け放たれた窓からこぼれるように伸びた枝が、畳をくすぐっている。
いつもは見上げるばかりの桜の花をこんなに近くで見るのってとって新鮮だ。

「すげーだろ?」
「・・・うん。」

言葉もなく見とれていると、「こっち。こっち。」と窓際まで引っ張っていかれた。

「子供のころ、どうせ植えるなら実のなるもののほうがいいだろう。って植えてくれたんだ。
でも、なかなか実がつかなくてさあ。
2種類植えないと実がつかない。って後から知って、あっちの木は来週ぐらいが開花時期かな?」

窓から見おろすと、一回り細い木が後を追うように寄り添っている。
膨らんだつぼみをたわわにつけて、待っててね、と言っているようだ。