「コンプレックスって原動力だよな?」
「・・・うん。そうだね。」

今なら、その言葉がすんなりと入ってくる。
就職がなくて途方に暮れていた時期でも、諦めずに探し続けたからこそ、ここにたどり着いた。

せっかく受け入れてくれるみんながいても、ぼくが「清掃員なんか。」って卑屈になっていい加減な仕事をしていれば、今のこの関係はなかった。

大ちゃんと肩を並べたい。
このホテルにもっと貢献したい。
小さな積み重ねかもしれないけれど、コンプレックスがあるからこそ、上を目指せる。
なんととなく生きていければそれでいいや。って諦めてしまったら、そこで終わり。

「ありがとうね。大ちゃん。」
「・・・チョコをもらったのは俺なのに?」

アポロの入った小瓶が、カラカラと小気味のいい音をたてる。

「あはっ。買い置きのアポロだけどね。」
「俺にとっては、もらっていいものなんだよ。って許してもらえた象徴だけどな。」

コツン。と額を合せた大ちゃんがやわらかに笑う。

ああ。またこの人を好きになった。

何でもこなせるように見えて、その裏では必死に努力して。
でも、それを感じさせない嫌味のなさ。

今まで人を羨ましく思うこともあったけれど。

もしかしたら、ぼくは表面しか見ていなかったのかもしれない。

尊敬に値する人は、そこに至るまでに必ずそれだけの努力や苦労をしてきているんだ。

・・・きっと、オーナーさんだって。
ここに集う仲間たちだって。

このホテルで過ごしている幸せそうに笑ってる恋人たちだって。

「・・・なんか、まおといると安心する。
背伸びしている自分も含めて、自分だって認めてやれるような気がして。」

がっかりするなよ?と言いながらも、自分の弱いところを晒してくれる大ちゃん。
嫌われるかも?という疑いよりも、ぼくの愛情を信じて手の内を見せてくれる。

そんな人を、嫌いになるわけ、ないじゃないか・・・。

「・・・うん。今までよりも、もっと大ちゃんのこと、好きになったよ?」

窓の外をシンシンと雪が降り続ける。

今頃、あのオブジェはすっかり雪に埋もれてしまっただろうか?
形は消えてしまっても、みんなで頭をひねって、汗水たらして作製した努力もキラキラした気持ちも無にはならない。

恋人たちを繋ぐために作られた一夜限りのハート。

「・・ねえ?ちゃんと愛情伝わった?」
「・・・もちろん。」

静かな日常の中にある、2月14日。

豪華なホテルのディナーのように、劇的な変化はないけれど。
いつもどおりに静かに降り続ける雪のように。

しっかりと。
着実に。

二人の心がしっくりとなじんだ気がした。