結局、オーナーさんの意見で、雪をハート型やリボンや可愛らしい形に模ってひとつの作品としてレストランから眺められるようにして、夜は淡いピンクのライトでライトアップされることになった。

スタッフみんなが汗水流して作り上げた雪のオブジェは、
雪化粧された木々に守られるようにお客様を待っている。
お仕事の一環のおもてなし、だけれど、スタッフ全員がココロから楽しんで満足気に眺めている。

自分の仕事を終えたスタッフがぽつり、ぽつり、とレストランに集ってきては、ぼんやりと外を眺めている。
注文しなくても、「お疲れさま。」と手の空いた厨房のスタッフが丁寧に入れた紅茶をサービスしてくれる。

海外で修行したような一流シェフがいなくても。
世界に名だたる高級ホテルでなくても。

ぼくはこのホテルが大好きで、ここのスタッフの一員であることを誇りに思える。

・・・なんて、実はここに来るまでは、やっぱり帝王ホテルとかに憧れてたんだけどね。

一流ホテルからいわば引き抜きのような形でこのホテルにやってきた大ちゃんは、最初からきっとわかっていたんだろう。
本当に人をひきつけるのは、名前やレベルではなく、ホテルが持つ雰囲気だとか人柄を感じさせるサービスだということを。

非日常を求めてやってきたはずなのに、「ただいま。」と言いたくなるような人の優しさに満ちあふれているから。


フロントで対応する大ちゃんの気配を腕の辺りで感じながら、「思い出に残る大切な一日になりますように。」
と、心を込めてベッドメイキングをし、バラの花を添える。

ぼくがこのホテルに導かれ、大ちゃんに出会えたように。
たくさんの人の愛情に触れ、更に人のあったかさを感じることができたように。

愛する人と過ごせる幸せで満たされますように。

人間って不思議だ。
自分が満たされると、他人も満たしてあげたくなる。
他人を満たしてあげられた。と思えたら、自分も満たされる。

そんなふうに、気持ちがどんどん循環して、きっとみんなが幸せになる。

もちろんお給料をいただいている仕事ではあるけれど、ここにいる誰もがやらされている。
というオーラを感じない。

この自然と、ホテルと、そこに集う人。を心から愛している。


「さてっと、ここで終わりっ!!」

最後の一室のメイキングが終わり、まだフロントで応対している大ちゃんを横目に自室に向かう。
ちらほらとレストランにもティータイムを楽しみにくるお客さんも入ってきて、レストランでくつろぐのは無理そうだったから。

「実験台。かあ・・・。」

やっぱり、あんなに隙なく完璧にスーツを着こなして、優雅な笑みをたたえている大ちゃんが、おねえさんの失敗作を押し付けられて困惑していただなんて想像できない。
モテモテで断るのに困ってた。とかなら安易に想像できるんだけど。
でも、きっと断るのも上手だったんだろうなあ・・・。

あ。何だかそれはそれで、ざわざわするかも。

人生経験の差だなんてあって当たり前だとは思うのだけれど、慣れている。というのは何だか寂しい。
こんなに真剣に惹かれたのはぼくが初めてだって言ってくれたけど、真剣じゃない過去があるのでさえ、
なんだか悔しい。

「でも、こうやって作り上げてゆくもの、なんだよね。」

以前の自分ならば、勝手に落ち込んで傷ついていただろう。
でも今は。
信じる。愛されている。という強さをみんなが教えてくれた。

先の見えない不安から消えてなくなるそうだったぼくを受け入れ、包み込んでくれた。

独りよがりの愛じゃない。
このホテルに住み込むようになってから、一段とそう思えるようになった。