「みなさんの意見を聞きたいと思います。」

2月に入って最初のミューティング。

バレンタインの企画案を作成したのは、メインシェフの立案だったけれど、ここのホテルでは職種を問わずすべてのスタッフが会議に参加する。
・・・と言っても、みんなで10人あまり。といった小規模なので、それぞれの立場から自由に意見を出し合い、
とても一体感のあるサービスが提供できる。というのが数ヶ月働いていて実感するようになった。

「特別メニューといっても、二人分の料理を切り分けるスタイルにするだとか。
デザートをチョコベースにするだとか。その程度しかないもんなあ。」
「チョコフォンデュも今では珍しくないですしねえ・・・。」
「お洒落してめかしこんできた彼女には、向いてないんじゃない?チョコでどろどろになったりしたら最悪だよ?」

「いっそのこと、メニューは今までどおりその日に手に入った新鮮な食材を使うってことにして。
デザートだけこだわってみたら?」
「チョコ尽くしで?好きなだけ選べるとか?」

特別な企画を!って勢い込んでいたシェフの世界観が、みんなの意見に磨かれて肩の力が抜けたように
このホテルらしくナチュラルなものになってゆく。

「そのそもバレンタインって彼女からチョコを贈る日でしょ?なんだか、これって彼氏目線のような気が・・・。」
「・・・ああ。確かに。」

美味しい食事に彼女が喜びそうなスイーツ。
ホテルでゆっくりとできる非日常をプレゼントする。

「だったら、むしろ男性側も楽しめるような企画のほうがよくない?」
「うーん・・。男性が楽しめるもの、かあ・・・。」

するするとほどかれた企画は、裸にされて再び普段着を着せられてゆく。
この作業が一番好き。
みんなが「お客様」というひとつの同じ目標に向かって、悩む時間。

「・・・ぼくは、チョコをコーティングする作業を見てるのが好きです。」
「ザッハとかの?」
「・・・はい。ナイフ一本で滑らかに美しいカーブが描かれてゆくのを眺めてると、芸術だなあ。って思います。」

「チョコの甘い香りも魅力的だしねえ。」

うっとり、と女性スタッフがため息をつく。

「結局女性って自分が食べることにしか興味ないんだよな。」
「あら。そんなことないけど。・・・でも、せっかく非日常を求めて癒されにきてるのに、わざわざ手作りチョコ教室に参加しようとは思わないかしら?
普段肉じゃがに焼き魚~。みたいな庶民が急にベルギー王室ご用達のチョコをベースに年代者のワインを練りこんで。とかって言われても、ねえ?
近所の公民館で子供と作れる簡単デザートのほうがよっぽど魅力的だし。」

「意外と作る過程って女性よりも男性のほうが好きなんじゃないかなあ?」

「お客さんの前で作るのって緊張するけど、頑張りますよ?」
「砂糖菓子の加工とかもいいかも、ですよね?専門学校以来だからリハビリが必要ですけど。」
「へえ?作れるんだ?」
「ひとおおりは。細工が目的なので、飴とか砂糖が多いですけど、色んな味をベースにすれば、チョコでもカラフルに作れると思いますし。温度が高いと溶け出しちゃうのが難点ですが。」

「じゃあ、パフォーマンスとして実演してみせながら、興味がある人は体験もできる。って感じにする?」
「そば打ちお見合いパーティーが流行ってるぐらいだし。一緒に何かを作る、ってのもいいかもね。」
「・・で、非日常に浸りたい人は通常通り窓際の静かな席をキープするってことで。」

みんなが意見を交換しあうのを、--ナーさんがあったかい家族を見守るような瞳で眺めている。

「じゃあ、お部屋に帰ってからも余韻に浸れるようにベットに一輪バラの花を置いておくってどうでしょう?
ホテルからの感謝の気持ち。ってことで。」
「あ。それ、何気に嬉しいかも。」
「やっぱりお花って嬉しいよね。」
「もし別れちゃっても、カタチに残らないし。」
「・・・こらっ!別れる前提で話をしないっ!」
「だってえ。それが現実でしょ?」

きゃいきゃいと仕事の話なのか、じゃれあっているのかわからないような楽しい笑い声の満ちるこの空間が好き。
自分の意見が子供扱いされずに、ありのままに受け入れてもらえる安心感が好き。