「まだ寝ないのか?」
「うーん。もうちょっと・・・。」

眼鏡をかけてスケッチブックに向かうまおの背中はストイックで美しい。
デスクライトが照らすまおの横顔に見とれていると、ぱしぱしっ!と瞬きして、うーんと伸びをした。

「・・・終わり?」

つい、声色にうきうきと期待がこもってしまうのを、叱責する。

「んん・・・。目が疲れただけ~~。先、寝ててよ。」
「ああ・・・。」

や。明日も稽古だし。
眠らなくてはいけないことは百も承知なのだけれど。

まおの寝顔を見届けると、ふっと全身の力が抜けて神経活動が穏やかになる。っつーか。
睡眠導入剤のお前がいないと、寝付けない。っつーか。

早寝。のまおに最初こそは寂しさを覚えて色々ちょっかいを出して起こしていたりしていたが、
今となってはやすらかな寝顔を見るのが一日の最後を締めくくる最高の癒しとなっている。

「じゃあ、がんばってな。」
「うん。ありがとー。」

長時間集中していたせいなのだろう。
赤く充血した目の玉を、舐めて癒してやりたい、などと思ってしまうのは変態さんだろうか。

大ちゃん寂しいんだよ~~。一緒に寝ようよ~~。
と、クールな背中に抱きついて甘えられたらどんなにいいだろうか。

でも、返事はわかっている。
台本でも勉強でも、集中しているときにちょっかいをかけすぎると「邪魔なんだけど。」
と、冷たく一言ばっさり切られて終わりだ。

ドアを細ーく開けて「やっぱり、そろそろ寝よっか。」
などと、笑顔で振り向いてくんないかな~。なとど期待して待ってみるが、ふたたびストイックな背中に戻ってしまった。

「つまんないの。」
諦めて、ドアを閉める。

ぽすんっ!と冷えたベッドに横になるけれど、眠気は襲ってくるどことかどんどん目が冴えてしまう。
なんだろう。
このすーすーする感じ。
パンツをはくのを忘れてしまったときのような、当たり前にあるものがない、心もとなさ。

「まだかなあ・・・。まお。」

あまりしつこくすると怒らせる、とわかっているのに、やっぱりかまいにいかずにはいられない。
・・・いや、かまってもらいに、の間違いか?

「ま~~お。」
「あれ?大ちゃんまだ寝てなかったの?」

「コーヒー淹れたんだけど。」
「・・・あ、ありがと。」

素直に受け取って、相変わらずいつまでしてるんだっ!?ってぐらい、ふうふうと冷ましているのがカワイイ。

「・・・まだ、寝ないのか?」

ねだるつもりはさらさらなかったけど・・。
いや。嘘ですっ!独り寝が寂しくて、思いっきり誘いにきましたっ!

まおが俺の瞳の色に気がついて、まおの瞳も一気にプライベートモードの光になる。

「ちょっ。今日はエッチなしだからねっ!
課題あさってまでなんだから~~。」

何エロイ想像してるんだよっ!
とばかりに頬を染め、ツンなのかでれなのかわからない攻撃を繰り出してくる。

・・・あれ?そっち?
や、言葉通り一緒に寝ようってだけで、そっちの期待をしていたわけじゃないんだけど。

思わぬ反応に、テンションがあがって意地悪してやりたくなる。

「あっ。ひどいっ。まおちゃんってば、俺のカラダ目当てだったんだ~~。」
「・・・えっ!?」

「いつもお前の寝顔みてたら眠たくなってくるから待ってただけなのに。」
「・・・っ。」

「明日稽古だし、早く寝たいな~~。俺も。
あ。でも、まおに寝込み襲われない様に気をつけなくっちゃ。だな~~。」

真っ赤になって、カップを握り締めているまおにはすでにストイックさのカケラもない。

「・・・ほら。冷めちゃっただろ?」

まおの手からカップを奪い、舌先に残ったコーヒーごと舐め取るようなキスをすると、中身を一気に飲み干した。
ぬるくて、甘くて、苦い決してうまいとは言えない液体が、食道を通ってゆくのが心地よい。
まおの口と同じ香り、同じ味。

「ほら。課題は俺が稽古に行ってる間にすればいいじゃん。」
「・・・ん・・・。」

充血した赤い目は、ちょっとうかされた熱のせい。

濡れたくちびるをむさぼりながら、都合のいいように脳内変換するのだった。