「はい。これ。」
「・・・なんだ?」

明日は、遠く離れたニューヨークに飛びだってしまおう。という恋人から、ふわふわした毛先のいわゆるお掃除グッズ。というものを手渡された。

ただの掃除グッズ、と言ってしまうには、あまりにも毛先の手触りがふわふわで気持ちよく、
柄の先に、癒される表情をした動物があしらわれていて、汚してしまうのがもったいない気がする。

「心配しなくても、もともと俺は綺麗好きなほうだぞ?」

毎日、これで掃除をしろ。ということなのだろうか。

むしろ、掃除はこまめにするが、何かと収集癖のあるまおのテリトリーのほうが雑然とした印象がある。
モノが多いだけで、散らかっている印象はなく、適度に閉鎖感があって居心地がいい。といった雰囲気だったが。

今まで、機能性重視で、そっけないぐらいガランとしていた俺の部屋は、まおと暮らすことで、
人の気配のぬくもりだとか、季節感だとかを感じることのできる空間になった。

寝ることができれば、それでいい。

男一人暮らしだなんてものは、それぐらいの感慨しか自室に沸かないものだが、まおの存在というものは、
家、というものを、まさしくホームに変えてくれた。

「だって、大ちゃんふわふわしてるの好きなんでしょ?」
「・・・はあ?」

また、脈絡のないまお語録に、何度発したかしれない「はあ?」が発動する。

「一人になっても、これで癒されてねっ!」

満足。とばかりにまおの笑顔を見て、昨日のベッドでの会話を思い出した。


ひとしきり満足して、はあ、はあ、と荒い息をつきながら、両手両脚をだらしなく投げ出しているまおを抱き締めた。

何度肌を合せても、触れ合うことの快感もさることながら、
俺を受け入れてくれた身体を無防備に投げ出して、ぼんやりしているときのまおが何より愛おしい。

天然に見えても、まおはガードが固い。

隠し切れない色香にふらふらと寄って来る男がいたとしても、きっぱりと拒絶する強さも持っている。

漏れでる色香と、身持ちの硬さのギャップが、またそそられる。と危険にさらされる可能性が高くなってしまうのだけれど。

他のやつらには、色香をちらつかせたとしても、指一本触れさせないまおが、
俺の前では不埒なことをされても、信頼しきって、身も心も開いてくれていることがわかる。

やることやったら、さっさと寝る。

なんて、聞いたことがあるが、そんな勿体ないことはできる訳がない。

行為そのもの、ももちろん歓びではあるけれど、この無防備な瞬間のまおが、何よりも色っぽくて、愛おしいのだから。

荒い息が、穏やかな呼吸に変わり、やがて安らかな寝息に替わるまで、
感謝と愛を込めて、全身をなでさすり、抱き締める。

まおのぬむもりと、やわらかな香りに包まれて、ほうっと息をつく。

大袈裟かもしれないけど、一番幸せを感じる瞬間だ。

「まおの髪って、ふわふわで、気持ちいい・・・。なんか、癒される・・・。」

ほのかに香るシャンプーの香りをかぎながら、鼻先を髪の毛に埋める。

腕の中にまおを抱きしめる幸せに満たされながらつぶやいた独り言を覚えていたのだろう。


でもっ!


「や。あれは、お前の髪の毛が好き、なのであって、ふわふわしたものが好きってわけじゃあ・・・。」
「でも、かわいいし、気持ちいいでしょ?」

ほらほら。

と毛先で、鼻先をくすぐられ、生理的反応でくしゃみがでる。

「おまっ!
旅立ちの前日に、あまりにもムードなさすぎないかっ!?」
「だって・・・。」

ハンディーワイパーを持ったまおが、しゅんとうなだれる。

「こうでもしてないと、揺れそうんだもん。」

まおの瞳の光が、ゆら。と揺れる。

自分の将来。
俺との未来。

天秤にかけることなんて、できない。

愛情は、待ってやることも、形が変わっても続けてゆくことができるけれど。
自分の未来は、自分の意思で行動をおこさないと、変わらない。

一緒にいたい。という一時の感情で自分の未来の可能性を潰してはいけない。

お互いに頭ではわかっていても、やはり、もうじき遠く離れてしまう。
という現実が、あまりも切ない。


「悪かった。・・・大切にするよ。」

一所懸命に明るく振舞うまおを、無神経だと責めてしまった自分こそ、無神経ではないか。


信じてるけど、怖い。

愛してるからこそ、寂しい。


言葉にすれば、急に重たく胸を潰してしまいそうで、無言のままぎゅっと抱き締めあった。



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うーん。かわいいお話、にしたかったんだけど、シュチュエーションが、シュチュエーションだけに、ちょっと切なくなっしまった・・・WW