「新しい舞台の稽古始まったぞ?」
「・・・そう。」

ただでさえ遥か遠く10899km先にいる恋人が、返事がそっけない。
今まで積み重ねてきた時間が、声のトーンで距離など関係なく相手の反応が手にとるようにわかるのだ。

あ。今、ソファに投げやりに座ったな。

「何だよ?なんでそんなに機嫌悪いんだよ。」
「別に。機嫌悪くないよ。頑張ってね。」

「・・・棒読みなんだけど。」
「そうかな?気のせいじゃない?」

感情がダダモレのまおの機微を読み取るのは難しいことではない。
どこが、機嫌悪くないって?

「ブラッドブラザーズでしょ?ストーリーが面白い、って張り切ってたじゃない。
・・・ついでに、違う方面でも張り切ってるんでしょ?」
「はあっ!?」

どうして、そんな話になるのだろう。

「よかったね。今をトキメクアイドルさんと共演できて。
大ちゃん、若くてかわいい子好きだもんね。」
「や。若くてかわいい子、じゃなくて、まおが可愛かったから・・・。つーか、男に興味ないし。」

名の売れているビッグな人と共演できる。と言うのは、自分が世に出て行くためにも、
チャンスだとは思っているが、決してヨコシマな気持ちで張り切っているわけではない。

「だよねえ。
きっと、ジャニーXさんだから、ファンの子も若くて可愛い女の子がたあっくさんだもんねっ!」

ぷん。と完全に拗ねて、膝を抱えてまあるくなっている。

「お前さあ。今でも十分可愛いぞ?」
「うそつき。最近は、カッコいいとか、美人だとかしか言わないじゃない。」

「や。どっちにしても褒め言葉だろうが。」

うーん。乙女?ゴコロというやつは難しい・・・・。

「だって・・・。」

言葉を飲み込んだまおの言わんとすることは、わかる。

世間を知らない純粋無垢で、愛らしいところに惚れたのだから、
いづれ飽きて気持ちが冷める日がくるのではないか。と心配なんだろう。

「若いとか、可愛いとかじゃなくて、まおが好きなんだからさ。
今は、強く男らしいお前が、カッコいいと思うけど、俺の側でそんなふうに成長してくれたことが、むしろ誇らしいっつーか。嬉しいっつーか。」
「物足りないとか、寂しいとか思わない?」

声色が少し和らぐ。

「そりゃ離れてるから、寂しくないっつったら嘘になるけど。
お前が大人になってゆくことに対する寂しさとかはないぞ?
それに、俺だって年とってるんだしさ。」
「・・あ。そっか。」

「23歳そこそこで、可愛くなくなった。なんて落ち込まれたら、俺なんてどうしたらいいんだよ?
もう、32歳だぞ?
・・・・うっわ。自分で言って落ち込んだ。」
「いいんだよっ!大ちゃんは、素敵なおじさまだからっ!」

「・・・まお・・・。それ、ざっくりキズつくわ。」
「えっ?そう?ごめんねっ!褒め言葉のつもりだったんだけど~~。」

年齢を重ねるたびに、視界が開けてきて、余裕を持てるようになった。
年をとることに焦りとか、不安というものは感じないけれど、やはりまおの隣に相応しい男であろうとすると、
外見だって気になる。

「お前が32歳になるころには、俺は41歳だぞ?加齢臭だってするかもしれないぞ?」
「・・・あ。そう言えば、井戸田さんが40過ぎたら、残尿感だ出てくる。って言ってた。」

そっかあ。

なんて、しみじみつぶやかれると、余計に落ち込む。

「だから、頑張って若作りしてんだよっ。」

つい、むきになって言ってしまった一言に、電話の向こうでぷっ。と噴きだす気配がした。

「・・・かわいい。」

まおの目じりがふんわり緩んでいるのがわかる。

「ほら。32歳でもかわいい。って思うんだろ?」
「・・・あ。ほんと。」

「じゃあ、俺からしたらまおなんてまだまだ可愛くて仕方がない年頃だよ。」
「ふふっ。そうだね。」

10899kmの距離は変わらないけれど、二人の間に流れる空気はふわん。と温かくなった。


「お稽古、頑張ってね。」
「・・・ああ。」