最悪な別れ方をしてから一ヶ月が過ぎようかというころ、彼がふらりと店にやってきた。

彼のことを忘れたことなどなかったけれど、会いたかったのか。と言えばよくわからない。
ぼくの記憶から彼が消えてくれる日がくるかもしれない。
記憶とともに、心にざっくりと開いた傷口も埋まってゆくだろう。
そう言い聞かせて、穏やかな日々に身を任せていた。

彼の姿を見た瞬間にギクリと体がこわばるのがわかる。
彼を見るたびに感じていたトキメキと寂しさは、ズキズキとした痛みと恐れに変わっていた。

居心地悪そうにしながら、ゆっくりと彼が近づいてくる。
そりゃそうだろう。
あんなことがあった後で、この店に来づらくなったのだろう。
彼女との定番のデートコースがなくなって、残念だったね。

言いたいことはたくさんあるのに、彼の真っ直ぐな瞳を見ると言葉にできない。
レジカウンターまでやってきた彼が、ぽそりとつぶやく。

「・・・あやまりたくて。」
「・・・もう、いいです。そもそも貴方が謝ることじゃない。」

彼のことを攻撃する言葉ばかりが渦巻いていたのに、声を聞くと崩れ去ってしまう。
そうだ。
彼はただのお客さんで。
商品を買い求めてくれたことに感謝こそすれ、責める権利なんてぼくにはなかったのだ。

「・・・すまなかったな。」
「だから、きちんとお金を払って手に入れた商品を貴方がどう扱おうと、貴方の自由ですっ!
謝る必要なんてないから、帰ってください。」

これ以上、惨めな思いにさせないで。
聞きたくない。と頑なに首を振る。

「・・・聞けよっ!」

イライラとした口調とともに、突然強い力で手首を摑まれた。

「大切な作品を利用するような真似をして悪かったと思っている。
でも、センスがいいな。と思わず立ち止まっていたのも事実だし、何よりお前自身がっ・・!」
「・・・え?」