彼の免許証を片手に路線図を眺める。

毎日このルートを通ってきてくれていたのか、と、路線図に描かれたカラフルなラインを何度も指でたどる。
この景色を、この空気を彼は吸っていたんだ。

流れる景色も、肺にしんと染み入るような冬の空気も、彼との時間を共有できているような気がする。


「ここ・・・?」

静かなマンションの立ち並ぶ一角に、彼の部屋はあった。

寒さのせいだけじゃない、指先の震えを必死でこらえてインタフォンを押す。

「・・・はい。」
「浜尾です。あの、免許証をお店に落とされていて。」

硬い声にやはり迷惑だったろうか、と後悔しながら一気にまくし立てる。
カメラでぼくの姿は確認できているはず。
つまりは、ぼくと認識してのあの声のトーンだったのだ。

気のせいだけじゃない、長い時間が経過する。

「・・・ごめんっ!この寒いところ長い間待たせてっ!」

息を切らせながらドアを開けた彼は、頭からボタボタと滴る水でスウェットの肩を濡らしていた。

「・・・いえ。こちらこそ、こんな遅い時間にすみませんでした。」

洗いざらしの髪から香るシャンプーの香りにドキドキしながら、免許証を差し出す。

「じゃあ。失礼します。」

彼がコートを届けにきてくれた時は、もっと話してほしい、と思ったのに、いざ自分が訪れてみると何も言葉がでてこない。

「・・・あったまっていったら?」

彼が視線だけで奥へと促してくれる。
彼がぼくの店の前で、びちゃびちゃになっていた時みたいだ。
あの時の彼は酔っていたから素直についてきてくれたんだろうか。

「・・・悪いです。それ、届けにきただけなので。」

どこまでも素直じゃない自分にうんざりしながらも、条件反射のように断ってしまっていた。
そんなぼくの気持ちを知ってか、知らずか。

「このまま返したら、俺が悪人になるだろ?わざわざ持ってきてもらって、追い返せっていうのか?」
「そんな、追い返すなんて・・・。」
「この前のお礼だよ。」

人懐っこい笑みを浮かべた彼が、ぼくの腕をぐいっと摑んで引き寄せる。
ドキンと心臓が跳ね、耳たぶが赤くなるのがわかった。