こんなにもお正月が来なければいいのに。と願った年はない。
お店は閉めなければならず、
彼の意思を鑑みることができない。

やっと繋がった細い糸。
人間とは欲どおしいものだ。と思う。
窓から一方的に眺めているだけで幸せだったのに、もっと話がしたい。
習慣として通り過ぎるだけではなく、彼の意識に入り込みたい。などど願ってしまう。

彼に恋した昨年の最後に交わした言葉。
クリスマスの奇跡は長くは続かなかった。

少しでも長く彼の手元に置いて欲しかったコートは3日後には綺麗にクリーニングの包装をかけられて戻ってきた。

「迷惑をかけて・・・。助かった。ありがとう。」
「いえ・・・。少しでもお役にたててよかったです。」

窓の外から差し込む夕日に伏せられた彼の瞼には深い影ができていて、表情は読めなかった。
社交辞令のセリフを交わしながら、次の言葉を探る。
せっかく二人きりになれたと言うのに、彼はあっさりと「じゃあ。」と背を向けて硝子の向こうに消えていった。


年が明ける。

新しい年になったから、と言って、何も変わらない。
ただ、新しいカレンダーに架け替かわり、いつもの日常が始まるだけだ。
何がそんなに楽しいのだろう。おめでたいのだろう。とお祝いムード一色の街と、めかし込んで出かける人の群れをぼんやりと眺める。

・・・嫌なやつだな。ぼく。

まるで人の幸せをねたんでいるみたいじゃないか。
ほぅ。と小さく息を吐いて、新しいディスプレイを飾り、硝子を磨くのだった。

「・・・あれ?」

いつものように、店を閉めてから、床の掃除をしているときに、レジカウンターの隙間に何かが落ちているのを見つけた。

「・・・これ・・・。免許証?」

裏面を確認して、急に心拍数があがる。

今より髪の色が薄く、少し痩せている印象のある彼が笑っていた。

「渡辺、ダイスケさんって言うんだ・・・。」

知ってはいけないような気分になりながらも、住所と名前を確認する。
漠然と近所に住んでいる、とばかり思っていたのに、住所はここから電車を乗り継いで30分以上はかかる場所だった。

「最寄駅じゃ、なかったんだ・・・。」

じゃあ、どうして毎日覗いてくれていたんだ?
・・・もしかして、彼女の家がこの近くにあったとか??

考えたくないのに、余計なことを考えてしまってふるふると頭を振る。

「困ってるよね。車に乗る予定があるかもしれないし。こんな大切なもの・・・。」

いきなり押しかけたりしたら、迷惑だろうか。
断じて下心があるわけではない。何かが起こるかも、なんて期待もしていない。

でも、胸が高鳴ってしまう。
どうして?どうして・・・・?

理由は簡単だ。

彼女がいようが、いまいが、ぼくの恋心は消し去ることができないのだ。

「渡すだけ。渡すだけだから・・・。もし、いなかったらポストインしてこよう。」

自分にいい訳がないと行動できない弱さに唇を噛み締めながら、コートを羽織った。