「あの・・・。よかったら、入ってください。汚れ落とさないと。」

ケーキは買い直すとしても、この格好で外は歩けないだろう。
下心があるわけでは、ない。
きっと他の誰かが同じようになっていても、ぼくは声をかけただろう。
そもそも、彼には恋人がいるのだから。

自分に忙しくいい訳をしながら、ふらつく彼の腕を取り、店の中に招き入れる。

「・・・悪いよ。」

口ではそう言いながらも、おとなしくついてきた彼の瞳は、少し寂しそうに見えた。

「でも、そのままじゃ、帰れないでしょ?」

べっとりと汚れたコートを指さすと、窓の外とコートを交互に見比べてため息をついた。

「・・・かっこ悪いところ、見せちゃったな。」

手のひらを上に向けて、おどけてみせる。
こんなふうに普通に二人っきりで話ししていることが、不思議だった。

コートを預かると、水を含んでべっちょりと重たかった。

「わっ。びちゃびちゃじゃないですか!」

よく見ると、洋服もあちこち汚れ、濡れている。

「あの。よかったら、あったまって行ってください。・・・あ。それとも、待っている人がいますか?」

言わなくていいのに、つい言葉に棘を含んでしまう。

「・・・いや。別に。」

いない訳はないのだ。
一人暮らしでケーキなんて買って帰るわけがない。
それでも、彼の言葉を信じたふりをして、笑う。

「そうですか。じゃあ・・・。」

道行くカップルが店のほうを指さした気がしたけれど、「CLOSED」の札を掛けて、彼を奥へと誘った。