シンと冷えた空気の中、今日も彼が訪れるのを待つ。
必ず会える、と決まっているわけでもないのに、きっと来てくれる。と信じて気が付けば外ばかり眺めている。

まるで、小さな箱に閉じ込められたみたいた。

彼は気ままにやってきて、ときめきだけを残してまた去ってゆく。
ぼくは小さな箱から精一杯背伸びをして、手を伸ばすけれど、大きな硝子に隔たれて彼に触れることはできない。
嬉しさの次には、あっと言う間に寂しさが訪れ、彼の背中を見送るだけの毎日。

彼の姿が少しでも近くに感じられるように。
ぼくの気持ちを映し出した作品たちが、少しでも彼の心に残るように願いを込めて。
今日もかじかむ手に息を吐き掛けながら、硝子を磨く。

クリスマスをモチーフニしたディスプレイは、華やかでキラキラときらめいているのに。
どんなに自己主張しても届かない想いにも似ていて、ちょっぴり切なくなった。


・・・あ。彼だ。

硝子を拭いていた手が止まる。
まさか、外で会うなんて。
どんな顔をすればいいのだろうか。

いらっしゃいませ。・・・なんて言って、店に入る気がなかったら?
ぼくが一方的に意識しているだけなのだから、いつもありがとうございます。も変だし。
どうしよう。どうしよう・・・。

動揺している間にどんどん彼が近づいてくる。

「あのっ!こん・・。」

ただの店員と通行人というだけの関係なのだから、何食わぬ顔をして硝子を磨いているふりをしていればよかったのだと気がついた時には、声をかけてしまっていた。

彼と視線が合った瞬間に、小走りに追いかけてきた女の子を見て、掛けてしまった声を同時に、飲み込む。
彼女は彼の腕を楽しそうに取って、店の中に入ってゆく。

「・・・いらっしゃいませ・・・。」

最悪だ。
彼が初めて店に入ってきてくれた時が、失恋の瞬間だなんて。

楽しそうに話ながら品物を選ぶ仲睦まじそうな二人を横目に見ながら、嫉妬に燃える心を必死でなだめた。

彼女へのプレゼントだろうか?
それとも、二人で過ごす部屋を飾りつけるのだろうか。
そのカップで二人で寄り添いながら映画を見たりするのだろうか。

くだらない想像ばかりが、頭の中を駆け巡る。

「これ、プレゼント包装してください。」

初めて聞いた彼の声は、深みがあって、低音で、胸の奥をぎゅっとわしづかみにされるようだった。
彼の選んだひざ掛けと、彼女の選んだマグカップを包む指先が震えてしまう。

店の中を楽しそうに見ている彼女と、ぼくの手元をじっと見詰めている彼。

どうか、そんな瞳で見詰めないでほしい。
彼女へのプレゼントを包むぼくの手は、きっと醜い感情を表してしまっているだろうから。

「ありがとう。」

包みを受け取る彼の指先と、ぼくの指先がほんの少しだけ触れ合う。
ほんの数mmだけだったけど、いつもの硝子とは比べ物にならないぐらい温かくて、目の前に本物の彼がいるんだ。と、夢を見ているようだった。

ついつい、営業スマイルも忘れてじっと見詰めてしまっていると、引き止めたがっている視線に答えるように、
「・・・ああ。それと、これも。」
寒くなってきたからな。などと言いながら、レジの横に並べてあった手袋を追加してくれる。

「ありがとうございます。」

簡易包装した手袋を、彼の手のひらに大切にそっと置いた。
ぼく(の作品)が、彼の手のひらを温めることができますように。と願いを込めて。

「ほらっ。ミホ。いくぞっ!」
「ん~。もうちょっと~~。」

店の中をあれこれ物色していた彼女を呼ぶと、ドアを開けて待っている。
そうだった。
彼にとってはぼくはただの店員でしかなくて。
毎日たまたまとおりかかるぼくの店を話題にしてくれたのだろう。

「かわい~。きれーいっ!」
と、感動しながら店の中をくるくる歩き回る彼女に、嬉しいような寂しいような感情を抱くのだった。