・・・彼だ。

ピカピカに磨かれた硝子の向こう側に、見慣れた彼の姿を見つけて少しだけ心臓の動きが早くなる。
時間は不規則だけれど、ほとんど毎日といってもいいぐらい店の前をとおりすぎ、じいっと数分間だけ店先のディスプレイを眺めてゆく。
すうっと通った鼻筋と、くっきりした眉。伏せられた睫毛が同性のぼくから見てもドキッとすぐらい色香があった。

ふ。と店の中を覗き込む気配がして、見とれてしまっていた視線を慌てて外した。


この春に店をオープンしてから、8ヶ月が経とうとしていた。
高校を卒業してから、小さい頃からの夢だったデザイナーになるべく留学した。
実力さえあれば、すぐにでも成功できる。と夢だけを信じていたけれど。
自分の力だけでは何もできず、上には上がいることも身をもって知った。

郊外の閑静な住宅地の裏どおりにひっそりとたたずむ小さなぼくの店。
客もまばらで、大繁盛というわけにはいかないけれど、自分が愛情込めてデザインした小物やファッションを集めた空間はぼくにとっては宝箱のようだ。

いくばくかの親からの支援と、自力で融資を受けて開いたこの店は、赤字経営だけれども少しづつリピーターも増えてきたし、この夏から始めたネットショップのほうが軌道に乗り、未来が見えてきた。


ドアを開けると、冷たい風がさぁ。と吹き込んできた。
タートルのニットの襟をぐいっとひきあげ口元を隠しながら外にでる。
先程まで彼が立っていた位置から、同じようにディスプレイを眺める。

「・・・気に入ってくれたかな?」

彼の触れた硝子にそっと指先を触れる。
12月の凍りつくような冷気の中、彼の触れた硝子は、まだぬくもりが残っている様な気がした。

いつから彼がこの店に通うようになってくれたのか、明確な記憶はない。
ぼんやりと外を眺めているうちに、彼がよく店を覗き込んでいるのに気がつくようになった。

きっと、この近所に住んでいて、たまたま通勤路なのだろう。
一度も店の中にまで入ってこないことを思えば、トクベツにお気に入りだから。というよりかは、何気なく通りすがりに眺めてゆくのが習慣なだけなのかな?と思える。
彼にとってはただの習慣でしかなくても、ぼくにとっては特別な意味を持ちつつあった。

彼が毎日眺めてくれるから、毎日彼に喜んでもらえるように、心に残るように。
ぼくの作った作品たちが、彼を少しでも元気づけたり、癒したりできますように。と願いを込めて毎日ディスプレイを入れ替えるようになった。

凍えるような朝だって、一点の曇りもないぐらいにショーウインドウの硝子をピカピカに磨くようになった。

綺麗に並べられたぼくの作品たちは、こうやって硝子越しに見るととっても遠く感じられる。
彼の指先の跡に自分の指先を重ねて、硝子にこつん、と額をつけた。

「・・・何している人なのかな・・・?」

毎日姿は見るけれど、名前も年齢も職業も知らない彼。
硝子の向こうの姿は、ぼくの心をどんどん占領して行くけれど、二人を隔てる硝子の厚さは変わることがなかった。