目が覚めると、夜だった。

「・・・気分は、どう?」
「ん・・。大丈夫。」

大丈夫・・・。と言うのだろうか。
けれど、今まで感じたことのない感覚に、他にどう言葉で説明したらいいのかがわからない。

とてつもなく身体がだるくて、起き上がることさえ億劫だ。
今まで得体の知れなかった不安がはっきりと形となって体の奥に刻み込まれる。
一度ケイに愛されることを覚えた身体は、ケイの形にぽっかりと穴が空いてしまったようだ。

なのに、やけに意識は冴え冴えとしている。

「ん・・・。今、何時?」

それぐらい眠っていたのだろう。
意識を失ってしまってから、時間の感覚がわからない。

「まる3日眠ってたよ。」
「・・・うそっ!」

「初めてであれだけ激しいことをして、バンパイアに身体が変化してゆくのに慣れるのに体力を使うのだから。」

ベッドに腰掛けたケイが、毛布ごとオレを抱き締めて頭を撫でてくれる。
それだけで、ぽっかりと空いてしまった穴が、ふわふわと優しいもので満たされてゆく。

「お腹すかないか?」
「ん・・・。平気。」

3日間食事をしていないというのに、全く空腹は感じない。
ただ強烈な喉の渇きを感じた。

「・・・ツライだろ?ショウ。・・・ごめんな。」
「ううん。自分で決めたことだから。それに、もう前にすすむしかないでしょ?」

ケイから受け取った水を飲み干しても、喉の渇きは一向に衰えることはない。
むしろ身体の中から湧き上がるエネルギーが、渇きを強烈なものにしてゆく。

「ショウっ・・・・。」

苦しささえ覚えて、喉を掻き毟ると、ケイが強く抱き締めてくれる。

「・・・呑むか?何もないより、マシだろ?」

目の前に差し出されたケイの手首。
考える余地もなく、本能のままに目の前に脈打つ血管に食らいついた。

「うっ・・・。」

手首からポタポタと薄い紫の体液を流し、苦痛に顔をゆがめるケイを見ても止めることができない。
初めての吸血される行為は、思っていたほど残虐なものではなく、ひたすらに快感を伴うものであった。

なのに、今目の前のケイは眉をしかめている。

「ケイ・・・?」

穏やかに微笑みながらやわらかく抱き締められた腕に、我に返った。

「もっと吸っても大丈夫だよ?」
「ううん・・・。いい。」

あんなに飢えていた渇きが、嘘のように消え、穏やかで優しいものに包み込まれているみたいだ。


「ケイこそ、大丈夫なの?3日間、どこにも出かけてないんじゃあ・・・?」

オレが手首につけた傷跡を、ケイがペロリ、と舐めるとすうっと消えてしまう。
恐らく、3日前のオレの中途半端な吸血行為が最後だろうに、心配していたほど顔色は悪くない。
むしろ、色香が増し、引き寄せられるようだ。

「ふふふっ。ショウにそんな心配されるなんてね。ショウのほうこそ、天気が続けば3日だって、一週間だって部屋にこもりっきりだったじゃないか。」
「・・・だって!」

あれは、ケイの傍にいたかったからで。

と、続けようとした唇を、しっ。と指先で塞がれる。

「それに比べたら、3日間なんてあっと言う間だよ。・・・それに、ショウもいづれ慣れると思うけれど、本当に3日間なんてあっと言う間なんだ・・・。」

ケイが愛おしそうにオレの髪を撫でながら、優しいキスをくれる。

「・・・それにね。不思議とショウの血をもらってからは、喉が渇かない。今までは、捕食しても渇きが収まるのはその一瞬だけで、常に己の本能と戦わなければいけなかったのに。」
「・・・それって、もしかして・・・?」

ケイが肯定の返事を瞬きでくれる。

そっか。

さっき、オレがケイの血をもらって満たされたのと同じ。

本当に心から愛し、愛し合い、自分の全てを捧げたい。と思える相手だからこそ。

きっと満たされることができたんだよね。


「ケイ・・・。不思議なんだ。オレも、ケイの血もらったら、すうっと身体の熱が引いていった。」
「そっか・・・。」

満月は、少し欠け形を変える。

眩しすぎた光は、穏やかに変化する。


「出かけよっか。ショウ。」
「うんっ!」

いつもベッドの中から窓の外へと飛び立ってゆくケイの後姿を見送ることしかできなかった。

今。

しっかりとオレの手は、ケイの手に握られている。

ふわり。

体をすくい取られるような浮遊感に一瞬襲われた後、夜の闇に飛び出していた。


「気持ちいいね。ケイ。」
「真夜中のデートもなかなかいいもんだな。ショウ。」


晴れた日と、夜が嫌いだった。


ケイが違う世界にいることを思い知らされるから。
一人ぼっちにされる孤独を味わうから。


「ケイはいつも何してたの?」
「そうだなあ・・・。血が騒いでしまう時は、あの湖のほとりで朝がくるまで一人で待ってた。」


ショウを傷つけてしまいそうで怖かったから。


「そんなの、出会った瞬間からオレにはケイしかいなかったのに。」


もっと、早くこうして一緒に過ごせたていたらよかった。
そうすれば、ケイが苦しむ時間が少しでも短くて済んだのに。


「ねえ。ケイ。また色んなこと、教えてね?」
「・・・ああ・・・。」


ケイがいれば、何も怖くない。

これからは、二人で生きてゆくために。


全て、貴方に教えを請う。

全てを、貴方に委ねよう。


愛してるよ。ケイ。




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