夜が明ける------。

朝日が、森の木々の隙間から彼女の墓を照らす。

日の光は、何日も捕食(吸血)をしていない身体から、あっけなく体力を奪ってゆく。
俺をあざ笑うかのように、太陽が光を強くしてゆく。

呼吸が浅く速くなり、気道が焼け付く。
体中の体液が沸騰し、脈が乱れる。
肌がチリチリと焼け付き、全身を刺されるような痛みが走る。

「くるしっ・・・。」

このまま消えてしまいたい、と思っていたのに。
耐え切れずに、コートをひるがえし地面に突っぷした。



「・・・だいじょうぶ?」

焼け付くような皮膚にそっと触れられた小さな指先。

「ほっとけっ・・!」

おそらく子どものものだろう。
清らかで無垢な指先が、俺の穢れた肉体に触れて腐ってしまいそうな恐怖に駆られ、
乱暴に差し伸べられた指先を払う。

「ほっとけないよ。だって、だいじょうぶそうじゃ、ないよ?」

邪険にされたことを気にも留めずに、肩にやわらかい指先が触れ、心配そうな瞳に覗き込まれた。

「怖く、ないのか・・・?」
「・・・どうして、こわいの?」

澄みきった瞳が、じいっと俺を見詰める。

こんな反応をされたのは初めてだった。

血の気を失って真っ青になっている毒々しい肌。
飢えた瞳は、血走ってギラギラとしているに違いない。
誰もが、化け物。とののしり、銃を突きつけ、狂ったように乱射する。

俺は、ただここに存在する。というだけなのに・・・。

自分が何者であるかも忘れ、目の前の幼い救世主にすがりつき、
「許して、くれるのか・・・?」と、問うた。



「太陽がまぶしいの?暑いの?」

光に背を向けて荒い息をつく俺に、色褪せてざらつく毛布をかけてくれる。

「ちょっとは動ける?」
「ああ・・・・。」

小さな身体で、必死で俺を木陰に引っ張っていってくれる。

幹にもたれると、やっと肺に心地のよい冷たい空気が入ってくる。
乾ききった唇を、ぺろり、と舐める。

「おなか、すいたの?」

ポケットからくしゃくしゃなったキャンディーを取り出して、俺にくれる。
差し伸べられた手のひらは泥と血にまみれ、決して美しくはない。
あまりにも美しい瞳が印象的で気がつかなかったが、ろくに栄養も取れていないのだろう。
少年は、痩せこけていてシャツからは、うっすらとアバラ骨が透けて見えた。

ただ、瞳だけがやけにきらきらと澄み切っている。

「・・・宝物だろ?それ。」
「うん。・・・でも、あげる。ぼくより、もっと貴方のほうがしんどうそうだもん。」

年齢の割りに大人びた話方をする。
きっと、早熟でなければならない理由があったのだろう。

「・・・ありがとう。大切にする・・・。」

生きた人間の血液でしか、本当の飢えなど満たされない。
それでも、少年の差し出してくれたキャンディーは、満たされることのない渇きを潤してくれような気がして。

フィルムのはがれかけた小さなキャンディーを大切にポケットにしまった。




その日から-----。

少年を守るために、捕食を再開する。


罪のない人間を大量殺害した人物。
闇のルートで不正に麻薬を取引し、廃人に追い込むことで富を得る者。
嫉妬に怒りくるって刃物で夫を八つ裂きにする女。

生きるためとは言え、誰かの命を犠牲にしている。
世の中の悪という悪が己の中でうごめき、いつか氾濫を犯すのではないか。
と言う恐怖に駆られる。


それでも、「ケイ。今日は調子どう?」
と、毎日顔色を心配してくれる彼のために・・・。

生きていたい。と強く願ったのだった。